横光利一 『旅愁』 「じゃ、古神道って、カソリックも赦して下さ…

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青空文庫図書カード: 横光利一 『旅愁』

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「じゃ、古神道って、カトリックも許してくれるんスか」
「明治6年3月14日以来ですよ。ちょっと調べたんですが、その年に内閣の大臣が、家族の葬式をカトリックの式にして、外国人の導師に連れて公然と行ったんすよ。その日まで、カトリックを邪宗って言ってましたが、それからは逆に古神道が邪宗って言われる風になってきてるんすよ。それも日本の法律が神道じゃなくて、あくまで古神道を中心に作られてるのにですよ。いつの間にか全部ひっくり返ってるんす」
「俺はそんなことに気がついたんで、せめて千鶴子さんの祈りの時に言う言葉だけでも、知っときたくて、それでさっきも、あの失礼なことを聞いたんすよ。聞かざるを得ないじゃないですか、俺としたら」
「でも、あの時は無理だわ。あなたの言い方があまりに突然で、なんかあたし、踏み絵を踏めって言われてるみたいだったんすよ」
「踏み絵か、なるほどね」
「あなたの代わりに、俺が踏み絵踏もうって時だったのに。――実際日本が徳川時代に、本当の権力が幕府になかったら、キリシタンの大虐殺はなかったですよ。もしあの時みたい、古神道が法律を動かす中心だったら、踏み絵とかいう残酷なもんはなかったと思いますよ」
「じゃ、あなたの言う古神道のお祈りって、どんなこと言うんですか」
「人のはお知りませんけど、俺のはただ『イウエ』って発音するだけなんすよ。これを早く言うと、いわば気合みたいになって、『エッ』って聞こえるんですけど、まあそれでもいいんす。あなたなんかは長いこと、他の宗教に聞かれたら困るようなこと、言わなきゃいけないんでしょう」
「イウエって、それはどういう意味なんですか」
「言霊では『イ』は過去の大神で、『ウ』は現在神で、『エ』は未来の神のことです。だからこの3つを早くまとめて、一度に『エッ』って声に出して祈るんすけど、そうすると、日本人なら誰でも元気が出てくるでしょ。この『イ』と『ウ』っていう字を、大昔は石にして、もちろん古代文字ですけど、どこの国へも行かずに一つずつ神社の本体として祭ってたんすよ。ところが、変態的な形してるって理由で、変態だとか言って、引き抜いちゃったんす。『イウ』って、この2つの言霊の根本を引き抜いたもんだから、そこから日本が大変になったんすよ。でも、日本人は困ると、何のことか分からなくても、『エッ』って言って、元気をだして何でもやっちゃう。これが生きるってことの愛情ですよ。俺のお祈りも、簡単に言えばそんなもんですけど、今度はあなたの祈りを聞かせてください」
「あたしのは紙に書いて、明日帰る時に渡しますよ。長いんすよ。でも、あなたの言うことなら、あたしにも古神道があるんだと思って安心できましたわ。今夜は本当にいい話を聞いてよかったわ」
「でも、さっき言ったようなことで、現代人が満足できるんすかね」
「満足なんて幸せは現代人にはないんすよ」
「ギリシアの幾何学だって、『イウエ』みたいな3つの辺からなる三角形が根本でしょ。言葉だって同じで、五十音のどんな音にしても、『イウエ』の3つの母音に全部戻ってくるっていうことを、日本の古代人は知ってたんすよ。それから、数字っていうものが考えられたことですね。だから俺は、ギリシアの文明は三角形から発展したのに対して、日本の文明は3つの音からだと思うようにも単純になってるんす。あなたも、新しい物理学の仮説を作ろうと苦労されるなら、この音と形の原理を一緒にして、時間っていうものの性質をもう一度、『エッ』って言ってみて、考え直してください。そうすると、現代人の満足っていうものが得られるかもしれませんよ」
「外国にも逆卍がありますが、あの形は日本の言霊の原型図に似てるんすよ。あれは日本では生命力っていうものの広がりを幾何学にしたもんだっていうことを、外国人は知ってるのか知らないのか、そこは俺にはまだ分かりませんけど、多分もっと違った理由があるんでしょう」
「うん」

原文 (会話文抽出)

「じゃ、古神道って、カソリックも赦して下さるものなのね。」
「それは明治六年の三月十四日以来ですよ。僕はちょっと調べてみたんだが、その年には内閣の大臣が、家族の葬式をカソリックの式にして、外人の導師に随って公然と行っていますね。その日までは、カソリックのことを邪宗門といっていたのが、それからは逆に古神道が邪宗といわれる風が生じて来ているのです。それも日本の法律が神道ではなく、あくまで古神道を中心に創られているのにですよ。いつの間にやら万事すべてがあべこべなんだ。」
「僕はそういう風なことに気がついたもんだから、せめて千鶴子さんのお祈りのときに云われる言葉だけでも、知って置きたいと思って、それで実は、さっきも、ああいう失礼なことをお訊ねしたんですよ。訊ねざるを得ないじゃないですか、僕とすれば。」
「でも、あのときは無理だわ。あなたの仰言り方があんまり突然で、何んだかあたし、踏絵を命ぜられたみたいに思えたんですもの。」
「踏絵か、なるほどね。」
「あなたの身代りに、僕が踏絵をしようというときだったのに。――実際もし日本が徳川時代に、実権が幕府になかったなら、キリシタンの大虐殺はなかったですよ。もしあのとき明治のように、古神道が法律を動かす中心だったら、踏絵などという残酷なものはなかったと僕は思いますね。」
「じゃ、あなたのなさる古神道のお祈りっていうのは、どんなに仰言るの。」
「人のは知らないが、僕のはただイウエと発音するだけなんですがね、これを早くいうと、いわゆる気合みたいになって、エッと聞えるけれども、まアそれでも良いのです。あなたなんかのは長長と、他宗に聞かれちゃ困るようなことを、云わなくちゃならぬのでしょう。」
「イウエっていうのは、それはどういうことを意味するんですか。」
「言霊ではイは過去の大神で、ウは現神でエは未来の神のことです。ですからこの三つを早く縮めて一口に、エッと声に出してお祈りするのですが、そうすると、日本人なら誰だって元気が満ちて来るでしょう。このイという字とウという字とを大昔は石にして、勿論古代文字ですが、どこの国へも一つずつ神社の御本体として祭らせたのですね。ところが、淫らな形をしているという理由で、淫祠だなどと云って、引っこ抜いてしまったのです。『イウ』という、この二つの言霊の根本を引っこ抜いたものだから、さあそれからは日本が大変だ。しかし、日本人は困り出すと、何んのことだか分らずとも、エッといって、元気になって何んだってやっちまう。これが生という愛情ですよ。僕のお祈りも、まア簡単に云えばそんなものですが、今度は一つあなたのお祈りを聞かして下さい。」
「あたしのは紙へ書いて、明日帰るときお渡ししましてよ。長いんですもの。でも、あなたの仰言ることだと、あたしにも古神道はあるんだと思って安心出来ましたわ。今夜はほんとに良いお話承って良かった。」
「しかし、さっき仰言ったようなことで、近代人が満足出来るものですかね。」
「満足なんて幸福は近代人にはないのですよ。」
「ギリシアの幾何学だって、イウエ、みたいな三つの辺からなる三角形が根本でしょう。言葉だって同じで、五十音のどんな音にしても、イウエの三つの母音にすべてが還って来るということを、日本の古代人は知っていたのですよ。それから数というものが考えられたことですね。ですから僕は、ギリシアの文明は三角形から発展したに反して、日本の文明は三音からだと思うようにも単純になってるんです。あなたも一つ、新しい物理学の仮説を創ろうと苦心されるなら、この音と形との原理を一つにして、時間というものの素質をもう一度、エッと云ってみて、考え直されることですね。そうすると近代人の満足というものが得られるかもしれませんよ。」
「外国にも逆まんじがありますが、あの形は日本の言霊の原型図と似ていますよ。あれは日本では生命力というものの拡がりを幾何学化したものだということを、外国人は知っているのか知らぬのか、そこはまだ僕には分りませんが、恐らくは何かもっと違った理由があることでしょう。」
「うむ」

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