横光利一 『旅愁』 「日本人のインテリというのは、高さんたち中…

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青空文庫図書カード: 横光利一 『旅愁』

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「日本のインテリってのは、中国の人や西洋人が思う以上に、影響や恩恵を受けたことを感謝して尊敬する習慣があるんです。だから日本人は昔、遣唐使を送って中国から文明を取り入れたことを、歴史ではっきりと書いて感謝の意を表してるんです。でも中国のインテリってのは、『いや、自分たちは教えたんだ』っていうことをいつまでも忘れない癖があるんじゃないですか? 中国の歴史家は、他国から受けた影響を書かない癖があるみたいですね。」
「そういうこともあるでしょうけど、僕らは東京の学校で習ってるから、日本はやっぱり懐かしい国です。西洋で習った人もみんな同じように思ってるから、帰っても、思ったことがそのまま言えなくなっちゃうんです。今はまたそれが一層難しいから、うっかり日本は良いとか言うとひどい攻撃を受けます。」
「誰かがそんなこと言ってたな。だから日本の女は良いって言ってるだけなんだって。そうなら大丈夫だって。」
「聞いてる?」
「そういうことだけはやめてないわ。」
「女は褒めるに限るってワイルドが言ってるよ。ねえ、チヅルさん。」
「矢代は君のことを褒めたことがないんだけど、君もちょっと褒めさせないとダメだな。僕が代わりに褒めてるようなもんだから、頼りないよ。」
「まだ修養が足りないんですかね、私たち。」
「修養が足りないのは矢代の方だ。」
「君だって偉そうなこと言えないよ。遣唐使も終わり頃は堕落したんだから。気を付けろよ。」
「遣唐使が堕落したのは、当時の唐が滅亡前で堕落してたからだろ。遣唐使が悪いわけじゃないよ。」
「でも、そうとも言い切れないんだよ。何で唐朝唐朝って言うんだ。ひどいのは、日本の着物襟を唐風に右前に流行らせたこともあるんだ。新羅の方に行ってた留学生は、まじめに勉強したらしいけど、唐の方に行ったものは堕落した奴が多い。子ども作っては次の遣唐使に官費を持って来させたり、身を持ち崩して唐朝の世話になったり、いろいろしてるよ。円載っていう坊主なんてのは、遣唐僧の間でも嫌われてて、帰りには沈没して溺れ死んでる。歴史に出てるだけでも留学生は151人もいるんだから、これ以外にも3倍くらいはいたはずで、それなら今パリに来るみたいに堕落して帰った奴もかなりいただろうよ。」
「でも、そういうのは堕落とは言えないよ。それぞれ何か役に立ってるんだ。歴史家が堕落と見てそう書いてるだけだから、それは歴史家の堕落かもしれないね。」
「とにかく、事実としては堕落したんだ。それも堕落するような感じの長安だったからで、ただ唐朝の文化だけがあったわけじゃないんだ。インドや西域やペルシャ、それから大食、イラン文化まで全部長安に並んでたから、まるで今のパリみたいだった。でも、当時の日本だって、天平6年に唐招提寺を建てた鑑真っていう中国の坊さんが、如宝っていう建築彫刻の名人の西域人や、インド人や、中国人24人も連れて帰化して来てるから、イラン文化も一緒に伝わったんだ。そうすると源氏物語が平安朝に出たのも当然だし、仏像にしても奈良朝の天平8年に菩提とか仏哲っていうインド人が日本に来て、イラン文化っていうヨーロッパ文化の発祥みたいなものを仏像として日本に入れてるよ。だからどの国がどこの影響を受けたとかいちいち言ってたってきりがない。そんなこと言ったら、どこの国だって必ずどこかからの影響なしには成り立ってないんだ。でも、一番不思議なのは、科学っていう合理性が文明を興したり滅ぼしたりってところだよ。三段論法は結局人間を滅ぼすんだ。」
「つまり君は、結局非合理を人間は愛さないといけないってこと?」
「いや、人間から非合理を取れるかって話なんだ。取れるなら取ってみろって。」
「じゃあ、近代は間違いばっかりやってるようなもんじゃないか。君は近代の間違いばかり指摘して、良いところを見つけられないんだ。でも、近代は近代で入ってきてるんだから、その良いところを探さなきゃいけないよ。君は悪いところばっかり探してるんだ。」
「君は合理ってもんをそんなに尊敬するのか?」
「するもしないも何もないよ。頭と合理だ。政治じゃない。」
「それじゃ君は、ここのヨーロッパみたいに世界中で戦争ばっかり起こってることを支持してるってこと? 合理合理って追いかけてってみな、必ず戦争っていう政治ばっかり人間はしなきゃならなくなるよ。絶対そうだ。日本は世界の平和を願って、涙を流して戦うっていうのが、近い将来あるに違いないよ。」
「君もカソリックになったね。チヅルさんにうつったんだろ?」
「あら。」

原文 (会話文抽出)

「日本人のインテリというのは、高さんたち中国の人人や西洋のものが思うよりも、もっと、影響や恩恵を受けたということを感謝し敬愛する風習があるのですよ。ですから日本人は中国へむかし遣唐使を派遣して、文明を日本へ取り入れたというようなことでも、歴史ではっきりこれを書いて感謝をさせることを忘れていないのですね。そこを中国のインテリは、いや自分の方は教えたのだということだけを、いつまでも忘れぬ癖がぬけないんじゃないですか。中国の歴史家は他国から受けた影響を書かない癖が、どうもあるように思われるんですがね。」
「そういうこともあるでしょうが、僕らは東京の学校で習ったのですから、やはり日本は懐しい思い出の国です。西洋で習った人もそれぞれ同じように思っていますから、帰っても、思ったことがそのまま表現出来なくなるのですよ。今はまたそれが一層僕らには難しいときですから、うっかりして日本は良いなど云ってはひどい攻撃を受けます。」
「誰かもそんなことを云ってたな。それだから日本の女は良いと云って、女だけを賞めるのだと。そんなら無事だそうだ。」
「君、聞いた?」
「そういうことだけは忘れないわ。」
「女は賞めるに限るとワイルドはいうからね。ね、千鶴子さん。」
「矢代は君のことを賞めたことがないのだが、君も少し賞めさせなくちゃ駄目だな。僕が代りにあなたを賞めてやってるようなものだから、頼りないよ。」
「まだ修養がたりないのね。あたしたち。」
「修養の不足は矢代の方だ。」
「君だって豪そうなことは云えないぞ。遣唐使も終りのころは堕落したからな。用心をしてくれ。」
「遣唐使が堕落したのは、そのころの唐が滅亡の前で頽廃していたからだろ。何も遣唐使の方に罪はないよ。」
「ところがそうとばかりは云えないのだ。何んだって唐朝唐朝で、ひどいのは日本の衣物の襟を唐流に右前に流行させたこともあるんだ。新羅の方へいっていた留学生は、これは質実に勉強したらしいんだが、唐の方へ行ったものは堕落したのが多い。子供を造っては次の遣唐使に官費を持って来させたり、身を持ち崩して唐朝の厄介になったり、いろいろしてるよ。円載なんどという坊主は、入唐僧の間でも排斥をくってお負けに帰りに沈没して溺死してる。歴史に現れている人物の名だけでも留学生は百五十一人もあるんだから、この他に三倍はあったにちがいないとして、それなら今のパリへ来るみたいに随分これで堕落して帰ったのもいるんだよ。」
「しかし、そういうのはあながち堕落とはいえないからな。何かそれぞれこれで役に立っているんだ。ただ歴史家が堕落と見てそのように書くから、そういうのは歴史家の堕落かもしれないね。」
「とにかく、現れたままだと堕落もしたのだよ。それも堕落するだろうようにあの当時の長安はなっていて、ただ唐朝の文化だけがあったのじゃないのだね。印度や西域や波斯、それから大食、イラン文化までずらりと長安に並んでたんだから、まるで今のパリみたいだ。ところがそのころの日本にだって、天平六年に、唐招提寺を興した鑑真などという中国の坊さんは、如宝という建築彫刻の名人の西域人や、印度人や、中国人を二十四人もつれて帰化して来たものだから、イラン文化も同時に伝ってしまったのだ。そこから見ると源氏物語が平安朝に出たなんか当然なんで、仏像にしても奈良朝の天平八年に菩提とか仏哲などという印度人が日本へ来て、イラン文化というようなヨーロッパ文化の発祥みたいなものを仏像として日本に入れてしまっているよ。だからどこの国がどこから影響を受けたなどといちいち云っていたとてきりがないので、そんなことを云い出せば、どこの国だって必ずどこかの影響なしには国は成り立ってはいないのだ。ところが、ただ僕らに一番不思議なことは、科学という合理性が文明を起してはまたそれを滅ぼして他に移っていくことだよ。三段論法は結局は人間を滅ぼすのだ。」
「つまり君は、結局非合理を人間は愛しなくちゃならんというのだね。」
「いや、人間から非合理がとれるかというのだ。とるなら取って見よというのだ。」
「じゃ、近代は間違いばかりをやってるというようなものじゃないか。君は近代の間違いばかりを指摘して、これの利益や恩恵を感じないのだ。しかし、近代はもう何んと云おうと近代に這入っているんだから、これの幸福を僕らは探さなくちゃならん。君はその不幸ばかりを探して歩いているのだ。」
「君は合理ということをそんなに尊敬するのか。」
「するもしないもないさ。頭と合理だ。政治じゃない。」
「そんなら君は、ここのヨーロッパみたいに世界に戦争ばかり起すことを支持してるのだ。合理合理と追ってみたまえ、必ず戦争という政治ばかり人間はしなくちゃならんよ。それは断じてそうだ。日本は世界の平和を願うために、涙を流して戦うというようなことが、必ず近い将来にあるにちがいない。」
「君もカソリックになって来たね。千鶴子さんに伝染ったんだろ。」
「あら。」

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