横光利一 『旅愁』 「高さん、あなた覚えてらっしゃるかしら、沖…

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青空文庫図書カード: 横光利一 『旅愁』

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「高さん、あの沖さんって覚えてますか? 僕らの船のグループにいたお爺さん。あの人が先日ノルマンディーで日本に帰ったんですけど、帰る時に面白いこと言ってましたよ。『僕らはヨーロッパで何をしたかわからないけど、まあ来たからには何かの意味で遣欧使だから、まんざら役に立たないこともあるまい』って。あのお爺さんでもそう思うなら、僕らもそんな気持ちにならなきゃいけないんじゃないかなと思ってるんです。高さんたちも、中国の人たちもそんな気持ちお持ちですよね。そういうところを一つ今夜はお聞きしたいんです。」
「それはあなたたちより僕らの方がその気持ちが強いと思いますよ。」
「それはやっぱり、高さんが日本に来られて日本の事情をよく知ってるからなんでしょうね。でも、これでどちらも難しいところに来てしまったと思います。随分難しくなりますよ。政治だけの話じゃないですから。政治だけならそうは難しくならないんですけど、近代ってやつには、政治の中に科学という理論が混じってるから――科学が曲者なんです。」
「そうそう。」
「昔の遣唐使のようにはいかないんですかね?」
「遣唐使だって、あの時代は仏教という論理を究明するために行ったんだからね。あの時はそれが科学だったんだ。」
「確かにそうですね。あの時代は非合理の合理性を究明する時代だった。でも近代は合理性以外は捨てる時代だから、東洋の近代人はみんなそこでまごまごしてるんです。非合理を捨ててしまって合理ができるわけがないってことを知らないふりをするのが、学問の誇りになってるからな。」
「でも、これほど近代が進んだら、もう昔の非合理を愛するようにはならないよ。絶対無理だ。だから政治をどこも間違えるんだ。」
「それは立派なことを言ってますけど、人間はそんなんで納得しませんよ。そもそも遣唐使があれほど苦労して東洋の非合理を究明して、それを民衆の中に植えつけた結果が日本の文明になったんですよね。中国精神なんて考えてみても、『精は神なり』なんていう非合理の合理を根っこに認めてから、物事を考えるようになってる。日本精神だって、これはもう人間そのものみたいなもので、『頭は一つで眼は二つ、足が二つで手も二つ、精神は神に従う』ってやつだから、遣唐使も遣欧使も僕らには必要だったんです。」
「でも、中国には近代が少ないですよね。あなたたちの国みたいに西洋をまだ取り入れてないから、負けてるんです。あなたたちの国の方は、もうそんな必要あまりないんじゃないですか。」
「いや、それはまだわかりませんよ。」
「でも、遣唐使も取り入れるものがなくなった最後の方には、みんな堕落して帰ってきてるでしょ。日本という国は、そういう時は一度蓋をして閉じちゃわないといけないんです。日本が中に固まる必要ができた時に、中国はいよいよ遣欧使が必要になってくる。だから日本と中国はごたごたが続くんだと思います。そういう二国の違いを一番よく知っていて、その違いをあれこれするものが、この西洋にはあるんです。僕らは知られてるんです。」

原文 (会話文抽出)

「高さん、あなた覚えてらっしゃるかしら、沖さんという爺さんが僕らの船のグループにいたの。あの人先日ノルマンデイで日本へ帰ったんですが、帰るとき面白いことを云ってましたよ。僕らはヨーロッパで何をして来たかしらないけど、まア来たからには、何かの意味で遣欧使だから、まんざら役に立たぬこともあるまいというのですね。あの爺さんでもそのつもりなんですから、これで僕らも実はその気持ちにならなくちゃならんと思って、考えているんですが、どうですかね、高さん方、中国の人たちもそんな気持ちは無論お持ちでしょうね。そういう所を一つ今夜はお聞きしたいんです。」
「それはあなたがたより僕らの方がその気持ち強いと思います。」
「それややはり、高さんは日本へ来ていらしたから、よく日本の事情を知ってらっしゃるからでしょうが、しかし、これでどちらも僕らは、難しいところへさしかかって来たものだと思いますね。随分これや難しくなりますよ。政治だけの問題じゃありませんからね。何も政治だけならそうは難しくはならないんだけれども、近代というものには、政治の中に科学という理論が混入して来ているから、――科学だ曲者は。」
「そうそう。」
「むかしの遣唐使のようにはいかんか。」
「遣唐使だって君、あの時代はあの時代の仏教という論理の究明に行ったんだからね。あのときはあれがやはり科学だったんだ。」
「それやそうだ。あの時代は非合理の合理性を究明する時代だったんだが、近代は合理性以外は捨てる時代だから、東洋の近代人は皆そこでまごまごしてるんだ。非合理を捨ててしまって合理の成り立つ筈がないということを、知らない振りをするのが、学問という誇りになって来たからな。」
「しかし、君これほど進んだ近代がもう一度むかしの非合理を愛するようにはならんよ。絶対にそれや駄目だ。だから政治をどこも誤るのだ。」
「それや君の云うのは立派なものは、立派だ、と云ってるようなものだよ。そんなことを云っていて人間というものは承知出来るものじゃない。だいいち、遣唐使があれほど惨澹たる苦心をして東洋の非合理の究明に行って、それを民衆の中へ植えつけた結果が日本の文明というものになったんだろ。中国精神というものを考えたって、精はこれ神なりというような非合理の合理を根柢に認めてから、それから物や心を考える工夫に進めているよ。日本精神にしたって、これはもう人間という代名詞みたいなもので、頭は一つで眼は二つ、足が二つで手も二つ、精神は神に従うというようなものだから、遣唐使も遣欧使も僕らには必要だったんだ。」
「しかし、中国には近代が少いですからね。あなたのお国のように西洋をまだ採り入れておりませんから、そこが負けています。あなたのお国の方は、もうそんな必要あまりないのじゃありませんか。」
「いや、そこはまだ分らないところですよ。」
「しかし、遣唐使も取り入れるものがなくなった最後のころには、みな堕落して帰って来てるね。日本というところは、そうなるとぴたりと一度蓋をしてこれを固めなくちゃすまぬところだ。日本が中で固める必要の起っているときに、中国はいよいよこれから遣欧使の必要に迫られているときだから、日本と中国との間でごたごたがつづくのだと思う。早い話がまアそう云った二国の相違というようなものを、一番よく知っていて、その差をあれこれするものがここの西洋にはあるのだ。僕らは知られているのだ。」

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