横光利一 『旅愁』 「中国人というのはこのパリを見ていても、み…

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青空文庫図書カード: 横光利一 『旅愁』

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「中国人はこのパリを見ていても、みんな人間の死んだ後の空き地ばかりが目につくんだね。また後にどこの馬の骨かしら這入って来るだろうぐらいに思ってるんじゃないか」
「そうも思わないだろう。そんなことを思っては楽しんでいるだけだよ。人間が空虚になってるところばかり美しく見えるのなら、ここから日本を想像してみなさい。人が一人もいないように見えるじゃないか。実際僕に不思議でならないのは、ここから日本のことを思うと、いつでも人が日本に一人もいなくて、はっきり、伊勢神宮だけが見えてくることなんだよね。これはどういうことだろう」
「僕はこのごろ本当のことを正直に言うと、日本の知識階級の中に世の中なんか滅ぼうとどうしようと、どうだって構わないと思っている人間がいそうな気がしてならないんだ。何だかそんな気がするね。でも、僕はどんなに世の中がひねくれても構わないが、たった一つの心だけ失っちゃ困ると思うものがあるんだよ。それさえあれば良いというものが――ねえ、そうだろう、なければならなじゃないか。あるけれども忘れているというような、平和な宝のような精神だよ。どこの国民だって、一つはそんな美しいものを持っているのに、忘れているという精神だよ。僕らの国だってそれはあるのに、探すのが面倒なだけなんだ。でも、僕は見つけたよ。見せよと言われれば困るがね、何というか、それは言い表すことができない謙虚極まりない純粋な愛情だな」
「それってなんだい?」
「こういう歌が日本の昭和の時代にあって、『父母と語る長夜の炉の傍らに牛の飼麦はよく煮えており』っていうんだ。こんな素朴な美しさというか、和やかさというか、とにかく平和な愛情が何の不満もなく民衆の中にひそまって黙っているよ。桃の花さえ笑ってくれていれば良いというのと、牛の飼麦が煮えるのを喜んでいる心というのとは、だいぶこれで違いがあるよ。ところが、日本と中国の知識階級は、こういう両国の根底にある心というものをみんな知らないふりをしてる。僕だって君だってそうだ。特に君なんかひどいぞ。このまま行けば、僕らは東洋乞食というか、西洋乞食というか、まあ君なんか西洋の方だな」
「今さらお前が乞食だと言ったって、三日も経てば消えてしまうよ」

原文 (会話文抽出)

「中国人というのはこのパリを見ていても、みな人間の死んでしまった跡の空虚ばかりが眼につくんだね。また後へどこの馬の骨かしら這入って来るだろうぐらいに思ってるんじゃないか。」
「そうも思わないだろう。そんなことを思っては楽しんでいるだけだよ。人間が空虚になってるところばかり美しく見えるのなら、ここから日本を想像してみなさい。人が一人もいないように見えるじゃないか。実際僕に不思議でならぬのは、ここから日本のことを思うと、いつでも人が日本に一人もいなくて、はっきり、伊勢神宮だけが見えてくることだね。これやどういうもんだろう。」
「僕はこのごろ本当のことを正直に云うと、日本の知識階級の中に世の中なんか滅ぼうとどうしようと、どうだってかまやしないと思っている人間がいそうに思えて仕様がないのだ。何んだかそんな気がするね。しかし、僕はどんなに世の中がひねくれたってかまわないが、たった一つの心だけ失っちゃ困ると思うものがあるんだよ。それさえあれば善いというものが――ね、そうだろう、なければならぬじゃないか。あるけれども忘れているというような、平和な宝のような精神さ。どこの国民だって、一つはそんな美しいものを持っているのに、忘れているという精神だよ。僕らの国だってそれはあるのに、探すのが厄介なだけなんだ。しかし、僕は見つけたよ。見せよと云われれば困るがね、何んというか、それは云いがたい謙虚極る純粋な愛情だが。」
「それや何んだい?」
「こういう歌が日本の昭和の時代にある、父母と語る長夜の炉の傍に牛の飼麦はよく煮えておりというのだ。こんな素朴な美しさというか、和かさというか、とにかく平和な愛情が何の不平もなく民衆の中にひそまって黙っているよ。桃の花さえ笑ってくれてれば良いというのと、牛の飼麦の煮えるのまで喜んでいる心というのとは、だいぶこれで違いがあるよ。ところが、日本と中国の知識階級は、こういう両国の底の心というものをみな知らなくなってしまってる。僕だって君だってだ。殊に君なんかひどすぎるぞ。このまま行けば、僕らは東洋乞食というか、西洋乞食というか、まア君なんか西洋の方だなア。」
「今さらお前は乞食だと云ったって、三日すれや熄められるか。」

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