横光利一 『旅愁』 「あなたは左翼にも右翼にも、本当に興味を感…
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青空文庫図書カード: 横光利一 『旅愁』
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「あなたは左翼にも右翼にも、本当に興味がないんですか。そこを僕は聞きたいんですけど。どっちなんですあなたは?」
「僕は君にさっきからそればっかり話してるつもりだったんだけど、まだ話さなきゃいけないのかな」
「いや、僕はまだ聞いてないですよ」
「僕には海外の左翼とか右翼よりも、ここで渦中にいる日本人の君の方が、よっぽど見てる方が面白いよ。本当に君なんかこれから日本に帰ってどうするつもりなんだろうと、そっちの方が心配なんだ」
「ふむ」
「一体、君は帰ってからどうするつもりですか。もう昔みたいに、海外に行ったからといって価値が出る時代じゃないし、ここで学んだ左翼や右翼の理論を、そのまま日本に当てはめて考えても、間違いだらけになるのは決まってるし、そうかといって、来る前と同じで君がいられるわけでもないでしょう。もう君にしても僕にしても、ものを見る意識が変わってしまったことは確かだから、これから自分の正確さをどうやって調整するかっていう問題だけでしょう」
「ちょっと待って下さい」
「僕らの意識が狂ってるって、それはどういう意味ですか」
「僕らって、自分が見たものと言葉で考えたものを一致させて表現できなくなってるんですよ。海外に来ない前は、海外のことを本や新聞で読んだり聞いたりしても、実物を見てないから、勝手な想像に意味をつけて、それを公式みたいに正しいと感じることができたけど、もう僕らはその想像も壊しちゃったし、壊れたことに意味もつけられないようになった。ばかにされてるようなもんですよ」
「でも、人間の認識は海外だろうと日本だろうと変わらないですよね。そんなことに違いがあれば、誰も知識を信用しませんよ。僕たちは日本で感じていた近代思想の本質が、ここでどうやって動いてるのかを見学しに来てるんだから、思想の根底にあるものを見れば見るほど、僕たちは豊かになるわけです」
「だからこそ君の方が心配なんだと言ってるんですよ。見学したことが、そのまま通用しない場合、君はどうするんですか。ここで見たものと共通したもので、日本にあるものは少ししかない。それを全部日本にあると思ってるのが日本の知識階級なんです。だから、何でもすぐにまねしたがる。ところが、大衆は動かない。どっちもどっちもばかだと思ってる」
「でも、それなら、日本人にそんなに間違いがあれば、間違いだって僕たち何らかの形で言わなきゃいけないんじゃないですか。黙っているよりも、少しでも言った方がいいですよね」
「ところが、日本の知識階級じゃない大衆が考えてた方が、正しい場合、どうするかということですよ。僕ら海外を見てしまった人間よりも、まだ見てない大衆の方が、正しいってことの方が、最近すごく増えてきてるんです」
「間違いでも正しいと思わなきゃいけないんですか」
原文 (会話文抽出)
「あなたは左翼にも右翼にも、本当に興味を感じないのですか。そこを僕は訊ねたいのですよ。どっちなんですあなたは?」
「僕は君にさきからそのことばかり話したつもりだったんだが、まだ話さなくちゃならんかね。」
「いや、僕はまだ聞かないな。」
「僕には外国の左翼とか右翼とかより、ここへ巻き込まれている日本人の君の方が、よっぽど見てるのには面白いんだ。ほんとうに君なんかこれから日本へ帰って、いったいどうするつもりだろうと、その方が心配だ。」
「ふむ。」
「いったい、君は帰ってからどうするつもりです。もう昔のように、外国へ行ったからといって何の価値も出る時代じゃなし、ここで習得した左翼や右翼の理論を、そのまま日本へ当て嵌めて考えたって、間違いだらけになるのは定ったことだし、そうかといって、来る前と同じで君がいられるわけのものでもないでしょう。もう君にしても僕にしても、物を見る意識が狂ってしまっていることだけは事実なんだから、そんならこれからの自分の正確さを、どこでどうして調節をつけるかという問題があるだけでしょう。」
「一寸待って下さい。」
「僕らの意識が狂っているとは、それはどういう意味です。」
「僕も君も、僕らの見てしまったものと、頭で考え出した言葉と、一致させて表現することが出来なくなってしまっているのですよ。こちらへ来ない間は、外国のことを読み聞きしても、まだ実物を見ない有難さで、それぞれ勝手に描いた幻想に意味をつけて、それを公式のように正当だと感じることが出来たけれども、もう僕らはその幻想も壊れたし、壊れたことに意味もつけようがなくなった。ざま見やがれと笑われているようなものだ。」
「しかし、人間の認識は外国だろうと日本だろうと、変るものじゃないじゃありませんか、そんなことに変化があれば、だれも知識を信用するものがない。僕らは日本で感じていた近代思想の本体というものが、ここじゃどんなにして動いているものかということを、見学しに来てるんだから、思想を裏付けているものを見れば見ただけ、僕らは豊かになったわけでしょう。」
「それだから君の方が心配だというのですよ。見学したものが、そのまま通用しない場合、君はどうするんです。ここで見たものと共通したもので、日本にあるものは、ほんの少しだ。それを全部日本にあると思っているのが日本の知識階級だ。だから、何んだってこっちの真似をすぐしたくなる。さア、大衆は動かん。どっちもこ奴も阿呆だと思い合う。」
「しかし、それや、そんなに日本人に間違いがあれば、間違いだと僕たち何かの形で云わなくちゃならん。黙っているよりも、少しでも云う方が良いのですからね。」
「ところが、日本人の知識階級じゃない大衆の考えていた方が、正しい場合どうするかということだ。僕ら外国を見てしまったものよりも、まだ見ない大衆の方が、正しいということの方が、随分多くなって来ているこのごろですよ。」
「間違いでも正しいとしとかなくちゃならんか。」
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