横光利一 『旅愁』 「千鶴子さんがパリへ来て下すったので、僕も…

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青空文庫図書カード: 横光利一 『旅愁』

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「千鶴子が来てくれて助かったよ。毎日クジと喧嘩ばっかしてたんだ。」
「なんで?」
「言ったらここでも喧嘩になるから言わないけど、こことかだと、言い出したら止まらないんだ。おかしいよな。日本じゃ言い合いなんてしたことないのに。」
「確かにそうだよね。」
「じゃ、あたし悪い時に来たんだわ。何で喧嘩するの?ずっとそんなんじゃ、あたし困るわ。」
「一言じゃ言えないんだよね。なかなか、こいつ――つまりさ。」
「ここじゃ私たちの考えって、ヨーロッパと日本って二つの材料でできた縄みたいになってて、どっちかに頭乗っけないと前に進めないんだ。両方に同時に乗せると一歩も進めないどころか、結局何もできなくなるんだよ。」
「それって、あたしもなんかそんな気がするわ。」
「でも、本当は日本にいる俺らみたいな若者はみんな同じだと思うんだけど、日本にいると習慣とか周りが、勝手に解決してくれるから、そんなに変な二本の縄なんて考えなくてもいいんだよね。おかしいな。」
「いや、考えなくても済むわけないでしょ。それが現代人の考え方じゃない。」
「ちょっと待てよ。それはその通りにしてもさ、日本では一番大事なことでも考えなくて済むんだよ。だってその上に乗ってるだけじゃなくて、自分の中にもそれしかないんだから。自分の中にあるものがそればっかりなら、それに関する考えなんてできないだろ?考えそのものがそれみたいなもんだから。」
「そんなわけないじゃん。考えと民族って別だよ。」
「でも、お前の自慢のヨーロッパ的な考えだって、結局日本人が考えるヨーロッパでしょ。お前がパリを好きなのも、久慈って日本人が好きになってるんだよ。世界中で、ヨーロッパ人になったり日本人になったり、同時にできる奴なんていないよ。みんな自分の民族が見てるだけさ。」
「でも、そんなこと言いだしたら、世界共通の論理がなくなっちゃうじゃないか。」
「なくなるんじゃなくて、作ろうって言うんだよ。お前のはあると思ってるものを守ろうとしてるだけだ。」
「それって詭弁だよ。」
「何が詭弁だ。世界共通の論理みたいな立派なものがあるなら、俺だってそれで自分を縛ってみたいよ。でもよ、俺にもお前にも、それとは別に個人として言いたいこともあるんだよ。それは自由だろ?」

原文 (会話文抽出)

「千鶴子さんがパリへ来て下すったので、僕もほっとしましたよ。もう毎日毎日久慈君と僕は喧嘩ばかりしてるんです。」
「まア、どうして?」
「それを云うと、忽ちここでも喧嘩になるから云いませんがね。ここにいると、どういうものだか、一度云い出したら後へは退けなくなるんですよ。どうも妙なところだ。僕は云い合いなんか日本じゃしたことはないんだが。」
「そうだ、たしかにそうだ。」
「じゃ、困ったところへあたし来たのね。どんなことで喧嘩なさるのかしら。これからもそんなじゃ、あたし困るわ。」
「それが一口じゃ云えないんですよ。なかなか、こ奴――つまりね。」
「ここじゃ僕らの頭は、ヨーロッパというものと日本というものと、二本の材料で編んだ縄みたいになっていて、そのどちらかの一端へ頭を乗せなければ、前方へ進んでは行けないんですね。両方へ同時に乗せて進むと一歩も進めないどころか、結局、何物も得られなくなるのですよ。」
「それや、そうね、あたしも何んだかそんな気がしますわ。」
「しかし、それは、実は日本にいる僕らのような青年なら、誰だって今の僕らと同じなんだろうけれども、日本にいると、黙っていても周囲の習慣や人情が、自然に毎日向うで解決していてくれるから、特にそんな不用な二本の縄など考えなくともまアすむんだなア。へんなものだ。」
「いや、それや君、考えなくてすむものか、それが近代人の認識じゃないか。」
「それは一寸待ってくれ。それはまア君の云う通りとしてもさ、しかし、日本でなら人間の生活の一番重要な根柢の民族の問題を考えなくたってすませるよ。何ぜかと云うとだね、僕らはその上に乗ってるばかりじゃなく、自分の中には民族以外に何もないんだからな。自分の中にあるものが民族ばかりなら、これに関する人間の認識は成り立つ筈がないじゃないか。認識そのものがつまり民族そのものみたいなものだからだ。」
「そんな馬鹿なことがあるものか、認識と民族とはまた別だよ。」
「しかし、君の誇っているヨーロッパ的な考えだって、それは日本人の考えるヨーロッパ的なものだよ。君がパリを熱愛することだってまア久慈という日本人が愛しているのだ。誰もまだ人間で、ヨーロッパ人になってみたり日本人になってみたり、同時にしたものなんか世界に誰一人もいやしないよ。みなそれぞれ自分の中の民族が見てるだけさ。」
「しかし、そんな事を云い出したら、万国通念の論理という奴がなくなるじゃないか。」
「なくなるんじゃない。造ろうというんだよ。君のは有ると思わせられてるものを守ろうとしているだけだ。」
「それや、詭弁だ。」
「何が詭弁だ。万国共通の論理という風な、立派なものがあるなら、僕だって自分をひとつ、そ奴で縛ってみたいよ。しかし君、僕だって君だって、それとは別にこっそり物いいたい個人の心も持っているよ。それは自由じゃないか。」

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