森鴎外 『伊沢蘭軒』 「わたくしは柏軒先生随行者の問題が起つた時…

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青空文庫図書カード: 森鴎外 『伊沢蘭軒』

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「柏軒先生が連れてく人に志村玄叔を推したんだ。それは先生の命に関わる問題だったから。」
「将軍の一行には蘭方医と漢方医が半分ずついた。腕前はどちらも優れてて、そんな簡単にどっちが上とか下とか決められない。でも、老中の有力者・水野和泉守忠精は蘭方を推してたんだ。それで、旅先で蘭方医と漢方医の見立てが違えば、柏軒先生は大変な立場に立たされることになる。」
「普段は江戸にいるから、先生には賢い友達もいるし、尊敬する患者さんもいる。何かあっても助けを求めるのは簡単なんだ。でも、京都に行けばそうなっても先生は孤立無援になる。それが怖かった。」
「もし先生が小心者だったら、そこまで心配はしなかっただろう。俺は先生の豪快さを知ってたから、この件をどう対処するのかを考えるたびにゾッとしたんだ。」
「そこで、志村玄叔に先生に付いてって、その辺を上手くやってほしかったんだ。志村は山形藩の医者だから、水野泉州に意見することもできるし、泉州の周りの人も知ってる。こいつが先生のそばにいれば、何かあっても先生が困らないだろうと思った。」
「でも、先生は志村を連れてくかな。俺はそこが不安だった。強い人は弱い人を好まないものだから。先生の門下には竹内立賢みたいに先生のお気に入りもいる。先生と家族だけが寵愛してるんじゃなくて、丸山や伊沢の家族もみんな彼を褒めてる。あと、大ざっぱな人は細かいことはやりたがらないから、素早い人に任せたくなるものなんだ。同門の塩田良三みたいな奴がうってつけだ。塩田がそばにいたら、先生は何もせずに済む。だから、志村を勧めるのは難しいと思った。」
「かといって、先生に「泉州が怒るから、蘭方医に気を遣ってください」なんて言えるわけじゃない。そんなことを言えば、先生はすぐ怒って追い返しちゃうよ。」
「俺は悩みに悩んだ。先生の出発が近づいた。ある日、先生に「お付きには誰を連れていかれますか?」って聞いたんだ。」
「塩田だ。」
「そうですか。なるほど、塩田がいれば、先生のご不便はないでしょうね。でも、一つお願いがあるんですが、志村も連れてってもらえませんか。彼は前から一度京都に行きたいと言ってたんです。こんな機会はなかなかありませんから。」
「志村か。そうだなあ。まあ、今回はやめておいてくれ。」
「先生はこういうときにはしつこく言えない人だから、俺は何も言わずに引き下がった。」

原文 (会話文抽出)

「わたくしは柏軒先生随行者の問題が起つた時、是非共志村玄叔を遣らうとおもつた。それは先生一身の安危に繋る事情より念ひ到つたのである。」
「前にも云つたやうに、将軍の一行には蘭方医と漢方医とが相半してゐた。其人物の貫目より視ても、両者は輒く軒輊すべからざるものであつた。然るに老中の有力者たる水野和泉守忠精は蘭方を尊崇してゐた。若し旅中に事があつて、蘭方医と漢方医とが見る所を異にすると、柏軒先生は自ら危殆の地位に立つて其衝に当らなくてはならぬのであつた。」
「平生江戸にあつては、先生には学殖ある友人もあり、声望ある病家もある。縦ひ事端の生ずることがあつても、救援することが難くはない。これに反して一旦京都に入つては、先生は孤立してしまふ。わたくしはこれを懼れた。」
「わたくしの疑懼は、若し先生が小心の人であつたら、さ程ではなかつただらう。わたくしは先生の豪邁の気象を知つてゐたので、そのいかに此間に処すべきかを思ふ毎に、肌に粟を生じたのである。」
「わたくしの志村玄叔を簡んで随行せしめようとしたのは、志村をして此間に周旋せしめようとしたのである。志村は山形藩医である。水野泉州に謁して事を言ふことも容易であり、又泉州左右の人々をも識つてゐる。此人が先生の傍にゐたら、万一事端の生ずることがあつても、先生を救解することが出来ようとおもつたのである。」
「しかし先生は果して志村を率て行くであらうか。わたくしは頗これを危んだ。何故と云ふに、剛強の人は柔順の人を喜ぶ。先生の門下には竹内立賢の如き寵児がある。独り先生と先生の家人とがこれを愛するのみならず、丸山伊沢の眷族さへ一人として称讚せぬものはない。又粗豪の人は瑣事に手を下すことを嫌つて、敏捷の人を得てこれに任ぜしめようとする。同門の塩田良三の如きは其適材である。塩田が侍してゐれば、先生は手を袖にして事を辨ずることが出来る。わたくしはそこへ遽に志村を薦むることの難きを思つた。」
「さればとて先生に向つて、あからさまに泉州の威権を説き、蘭方医の信用を説くことは出来ない。若し此の如き言説を弄したら、先生は直にわたくしを叱して却けたであらう。」
「わたくしは焦心苦慮して日を送つた。既にして先生出発の期は迫つた。わたくしは一日先生に伺候して、先生お供には誰をお連になりますかと問うた。」
「塩田を連れて往く。」
「さやうでございますか。成程、塩田が参るなら、先生の御不自由のないやうに、お世話をいたす事でございませう。しかしわたくしはお願がございます。それは外でもございませんが、今一人志村をお連下さいませんか。あの男は兼て一度京に上りたいと申してをりました。此度のやうな機会はなか/\得られませんから。」
「志村か。さうさなあ。まあ、今度は止にしてもらはう。」
「先生はかう云ふ時に窮追して捉へることの出来ぬ人だから、わたくしは黙つて退いた。」

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