宮本百合子 『道標』 「僕もそろそろどっかへ動き出したくもあるな…

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青空文庫図書カード: 宮本百合子 『道標』

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「俺もそろそろどっかに飛び出したいんだよな」
「じゃあ、ソ連に来たらいいじゃん!」
「私、思ったこと言ってもいいかしら」
「おう、もちろん。……何だい?」
「ベルリンでお医者さんの会に出たときにも思ったし、あなたに会ってからも思うんだけど……なんでみんな、ソ連に行こうとしないんでしょ。経済やってるあなたがずっとフランスにいるなんて、私には理解できない。中国に行った人なら、なおさらソ連を見てみたいと思うはずなのに……」
「フランスには、研究するような新しい問題ってあるのかしら」
「蜂谷さんたちは学者だから、そう簡単にソ連に行けないんだよ」
「……お仕事の関係で?」
「そんなんじゃないよ……ねぇ、そうでしょ?」
「行けないって決まってるわけでもないよ」
「そうなんだろうけど……蜂谷さんって、今でも中国共産党も蒋介石も意味があるって言ってるの?」
「……よく覚えてるな」
「ちょっと失礼かもしれないけど、あなたたち学者とか教授って、思ったより本物の好奇心って薄い気がするんだよね。海外に来て、留学してる先生たちを見てたら、そう思うよ。みんな、今までの自分の知識にちょっと新しいものを付け加えるだけで、本当に人生観が変わったり、考え方を大きく変えたりするような冒険は、こそこそ避けてる。みんなソ連に対する態度を見てもわかるよ……要するに、影響されるのが怖いんだ」
「吉見君の言うことも、確かにどこかに当たってるだろうな」
「でも、少なくとも俺はそれだけではなくて……なんか一言じゃ説明しにくいんだけど……。例えば、コミンテルンの6回目の会議の決議では、世界の情勢を戦争とファシズムの危険ってことで分析してる。俺もそれは正しいと思うよ。でもさ、ここの共産党とかマルクス主義者って連中、フランスそのものの帝国主義やファシズムの危険については、意外と呑気なんだよね。俺は去年からいろんな人と話してきたけど、大体そうなんだ。フランス人はドイツやイタリアとは違って自由の伝統を持ってる。だから、共産党も社会民主主義とは区別をつけないし、右翼寄りになったり極左になったりして、去年の問題で『リュマニテ』も批判されたでしょ。俺が遠慮なく言えば、吉見君の中国革命の見方も、中国共産党に肩入れしすぎてると思う。……そうじゃないか……俺たちみたいな人間は、どうせ資本主義社会を批判せざるを得ないんだから。共産主義の理論はいつでも、どこの国でも、明晰で、現実の理屈に立ってるから明らかなんだよ。難しいし、だからこそ面白いのは、その明晰な理屈が、帝国主義の複雑な利害や姑息な手段の間で、どういうふうに動いて、闘って、勝っていくかという、現実の動きだと思うんだ。これには異論はないと思うんだけど……。とりあえず、俺はフランス帝国主義の腹の中に入り込んで、見てやろうと思ってるんだ。フランスの金融資本は、昔っからソ連とも中国とも、見た目以上に深い関係があるんだ」
「モルトケの『わかれて進み、合して打つ』戦法だな」

原文 (会話文抽出)

「僕もそろそろどっかへ動き出したくもあるなあ」
「じゃ、ソヴェトへいらっしゃい!」
「わたし、思うとおりを云ってもいいかしら」
「ああ、もちろんさ。――何です?」
「わたしは、ベルリンでお医者の会に出たときそう思ったし、あなたに会ってからも思うんだけれど――どうして、みなさん、ソヴェトへ行こうとしないんでしょう。経済をやるあなたがいつまでもフランスにばかりいるなんて、わからない。中国へ行って来ている人なら、なおのこと、ソヴェトへは行って見たいだろうと思うのに――」
「フランスに、本気で研究するような新しい問題があるのかしら」
「そりゃ蜂谷さんたちは学者なんだから、うっかりソヴェト同盟へなんか行けないさ」
「――お勤め先の関係で?」
「そんなことじゃないさ――ねえ、そうでしょう?」
「行けないと、きまったもんでもないさ」
「そりゃそうでしょうがね――蜂谷さんは今でも、中共も意味があり、蒋介石にも役割があるっていう論法ですか」
「――いやによくおぼえているんだな」
「少し失礼な云いかたかもしれないが、あなたがた学者とか教授とかいう人たちは、思ったより、ほんとの知識欲ってものはうすいもんなんですね。外国へ来て見て、留学中と称する諸先生にあって、しみじみそう思うなあ。みんな、これまでの自分のもちものに、ちょいと何か無難な新知識をつけ足すだけで、本当に人生観が新しくなるとか、これまでの考えかたをすっかり変えなけりゃならないかもしれないような冒険は、こっそりさけている。みんなのソヴェトに対する態度でよくわかる――要するに影響されるのが、こわいんですね」
「吉見君のいう心理もたしかに、どっかにはあるだろうな」
「しかし、少くとも僕はそれだけじゃないんだ。――どうもひとことに説明しにくいが――。これは、一つの例だがね、コミンテルンの第六回大会の決議では、国際情勢の特徴を帝国主義戦争とファシズムの危険においている。僕もそれは正しいと思う。ところがね、ここの共産党だのマルクシストって連中は、かんじんのフランス自体の帝国主義の実状やファシズムの実力については、案外呑気なんだな。僕は、去年からかなりいろんな人と話して見ているが、概してそうなんだ。フランス人のもっている自由の伝統はドイツとはちがう。イタリー人ともちがう。はっきりそう云うんだ。一種の誇りがあるんだな。そのために、かえって、ここの共産党は社会民主主義者と自分たちの区別をはっきりしないし、右翼的になったりウルトラじみたりして、去年のフランス問題では『リュマニテ』も批判をうけたでしょう。僕に忌憚なく云わせれば、吉見君の云った中国革命の進行についての見かただってもね、中共の側にだけたって支持することは、むしろ、我々のようなものにはやさしいと思う。――そうじゃないのかな――どっちみち、我々の時代は、資本主義社会を批判しないじゃいられなくなっているんだから。いつだって、どこの国においてだって、共産主義の理論は明晰さ。現実の理性に立って云っているんだから明瞭なわけだ。むずかしいしそれだけ興味がふかいのは、その明晰な理性が、乱麻のような帝国主義の日々の目前の利害と延命のための権謀術数の間をぬって、どう運転され、たたかわれ、勝利を占めてゆくかという、現実のいきさつだと思うんだ。これに異議はないだろうと思うんだが……。さし当り、僕はフランス帝国主義のはらわたにもぐりこんで、見ていてやるつもりだ。フランスの金融資本というやつはね、昔からソヴェトにだって中国にだって、見かけよりずっと深い因縁をもっているんだ」
「わかれてすすみ合してうつモルトケの戦法」

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