林不忘 『丹下左膳』 「護摩堂の壁へ――という話であったが――?…

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青空文庫図書カード: 林不忘 『丹下左膳』

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「護摩堂の壁に――という話でしたか?」
「はい」
「かの有名な寛永の御造営は、永久の策として多くの計画があったそうですが、完成した結果、すべて裏切られてしまい、その後何度も修繕を加えなければならなくなりました」
「幕府が、20年ごとの日光お直しを考えられたのは、それからです」
「はあ、まさにその通りです」
「正保2年、承応3年、寛文4年9月、延宝7年……と、ちょっと数えてみても、本当に多い修繕の数々です。ところで、そのいずれの場合でも、まず一番最初に傷んで補修が必要になるのが、いつも決まってあの護摩堂の北側の壁――」
「今回もそうです。それで日光役人はいつもその護摩堂の北側の壁に気を配っていて、そこが破損しそうになると、いよいよ他の部分も大規模に修理をする時期が来たと判断して、すぐに江戸に報告して、そこであの、城内大広間の金魚くじが行われて、そのときの造営奉行が決まるんだそうです」
「本当に不思議な話です」
「あの護摩堂の北側の壁にたたりでもあるんじゃないでしょうか……」
「そこで、今回あの壁に人柱を塗り込んでは――という相談も持ち上がったわけですが――」
「今回のこの造営で、問題の護摩堂の北側の壁に生きた人間を人柱として塗り込めなければならない……と言い出したのは、一体誰なんですか?」
「昔から人柱は、言い出した者に当たるんだって言うじゃないか。主水、お前だろう、そんなことを言い出したのは」
「と、とんでもない! 私がなんでそんなことを!」
「ほらほら! その手つきが、壁を塗る手つきにそっくりじゃないか。どうも主水、この人柱はお前に落ち着きそうだぞ」
「じ、冗談じゃないですか」
「でも、言い出したものが人柱になるって、昔からよく例があることなんだ」
「そうだよな」
「出雲国松江の大橋をかけるとき、人柱を立てることになったんだけど、誰も自分から進んで犠牲になろうとする者がいない。そのとき、源助という者が、着物に継ぎのある者を探して人柱にしたらいいと言い出したんだけど、調べてみると、その源助の背中に横つぎがあったので、言いだした源助が人柱に立てられて、これで、さしもの難工事も落成し、源助は死後長く橋桁を守っていて今でも源助柱という名前が残っているんだって。どうだい主水正、貴様も、もう歳はそんなに若くないだろう。今更誰かれと人柱を探すより、お主、その護摩堂の壁に入って、主水壁……いやどうも、これは語呂が悪い。田丸壁、ははははは、ひとつ潔く人柱に立たんか」
「殿、冗談はほどほどにしてください」
「いや、柳生殿、護摩堂の人柱は、女性と子ども――それも、母子連れが一番いいそうです」
「さあてご苦労な。この老骨では、絢爛たるあの護摩堂の人柱には、役に立たないな、ああ助かった」
「そうですか。女と子ども、しかも、母子二人でなければならないとすると、うーん……」

原文 (会話文抽出)

「護摩堂の壁へ――という話であったが――?」
「は」
「かの有名なる寛永の御造営は、永久の策としてもろもろの計画があったのじゃったが、完成のあかつき、その結果はすべて裏ぎられて、そののちたびたび修繕を加えねばならぬこととなったのじゃ」
「御公儀が、この二十年目ごとの日光お直しを思いつかれたのは、それからじゃそうな」
「ハッ、まさにそのとおりで」
「正保二年、承応三年、寛文四年九月、延宝七年……と、ちょっと数えましても、実におびただしい御修覆の数々。ところで、そのいずれの場合にも、まずいちばん先に損じてお手入れの必要を生ずるのが、いつもきまってあの護摩堂の北側の壁――」
「こんどもそうだということです。で、日光役人はたえずその護摩堂の北側の壁に気をつけておって、そこが破損しかけてくると、いよいよ他の部分も大々的につくろいをほどこさねばならぬ時期が来たことを知り、ただちに江戸表へ具申して、そこで、あの、城中大広間の金魚籤となり、そのときの造営奉行をとりきめるという、こういう手順だそうで」
「実に面妖な話じゃ」
「なにかあの護摩堂の北側の壁に、たたりでもあるのでは……」
「サ、そこで、こんどあの壁へ人柱を塗りこんでは――という、この相談も持ちあがりましたようなわけ――」
「こんどのこの造営に際して、その問題の護摩堂の北側の壁へ、生きた人間を人柱に塗りこめねばならぬ……と言い出したのは、いったい誰じゃ?」
「昔から人柱は、言い出した者へ当たると申すことだぞ。主水、お前ではないか、さようなことを言いはじめたのは」
「ト、とんでもない! 私がなんでそのようなことを!」
「ソラソラ! その手が、壁を塗る手つきにそっくりじゃ。どうも主水、この人柱は其方へ落ちそうじゃぞ」
「ジョ、冗談じゃありません」
「しかし、言い出したものが人柱に当たるということは、昔からよく例のあることで」
「さればさ」
「出雲国松江の大橋をかけるとき、人柱を立てることになったが、誰もみずからすすんで犠牲になろうという者はない。そのとき、源助なる者が、着物に継ぎのある者を探して人柱にするがよいと言い出したところが、調べてみると、その源助の背中に横つぎが当たっていたので、いい出した源助が人柱に立てられ、これで、さしもの難工事も落成し、源助は死後長く橋桁を守っていまだに源助柱という名が残っておると申す。どうじゃナ主水正、貴様も、もう年に不足はあるまい。今になってたれかれと人柱を探すより、貴様、その護摩堂の壁へはいって、主水壁……イヤどうも、これでは語呂が悪い。田丸壁、ははははは、ひとついさぎよく人柱に立たんか」
「殿、御冗談が過ぎまする」
「イヤ、柳生殿、護摩堂の人柱は、婦人と子供――それも、母子づれがもっともよいということで」
「ソレごろうじろ。かかる老骨では、絢爛をきわめるかの護摩堂の人柱には、役だち申さぬ、アア助かった」
「さようか。女と子供、しかも、母子二人でなければならぬとナ、ハアテ……」

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