林不忘 『丹下左膳』 「御存じのとおり、茶壺にはいろいろの焼きが…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 林不忘 『丹下左膳』

現代語化

「御存じのとおり、茶壺にはいろいろな焼き方がありますが、各大名の壺を預かった茶匠は、禄高や城中の席順に関係関係なく、壺の良し悪しで棚の順番を決めるんです。どんな大藩の茶壺でも、壺そのものが名品じゃなければ、上位には置かれません。逆に、小藩の茶壺でも、名器なら上位に置かれます。それが、宇治の茶匠の権威の一つなんです。いや、上様の前で憚りながら、今さらご存じのことをくどくどお話して申し訳ありません」
「いや、話にはおのずと、順番というものがある。かまわずお続けください」
「それで?」
「はい…それで、各大名は、おのずと壺の順位を争いまして、大金を投じて伝来の茶壺を買い求めたりします。こうして、新茶が入るまで、壺は宇治の茶匠のもとに飾られているわけです」
「すると、このこけ猿の茶壺も、柳生藩から毎年、その新茶を入れるために宇治の茶匠に送られていたんですか?」
「おっしゃるとおりです。昔から茶匠の棚で、一番の位を譲ったことのないこけ猿の茶壺――この壺があるお陰で、わずかな禄にもかかわらず、御三家を始め、御譜代外様を通じた大大名をも押さえて、第一の席は、ずっと柳生家のものになっていました」
「この名壺だからな、無理もない」
「それほどの壺をまた、柳生ではどうして、弟の源三郎に持たせて、この江戸の司馬十方斎に譲ったんでしょう…理解できません」
「さあ、それは、なんとかして弟を世に出そうという、兄対馬守の真情なんじゃないでしょうか。弟の源三郎は、剣の腕前は稀代の達人ですが、いかんせん恐ろしい乱暴者で、噂もいろいろあり、将来が心配されますので、天下の人間道場たる江戸に出して、広い世間を見せようという兄の計らいでしょう。まあ、それはそれとして、さて、宇治では、各大名の茶壺に新茶を詰め終わると、この蓋をして、その蓋の上に、ぴったりと奉書の紙を貼って、壺の口を封印します」
「ふむ、それは私も存じています」
「恐縮です。その封をした茶壺を、それぞれ藩に持ち帰って、藩主の前で、お抱えのお茶師が封を切って、新茶をおすすめします…これを封切りの茶事と言って、お茶の世界ではとても重要な年中行事の一つです」
「いや、そこらのことは、よく分かりました。が、分からないことがたった一つあります。このこけ猿も、毎年宇治に往復して新茶の詰め替えをしたものなら、中に古い地図などがはいっていたら、とっくに誰かの目に付いたはずだ。とっくの昔に誰かが見つけて、もう宝は掘り出された跡かもしれないじゃないですか、上様」
「そうも考えられるが、そうでなければ、その図は、最初から壺の中ではなく、壺でも他の場所に――」
「素晴らしい!さすがは天下の八代様。この越前も、愚楽も、まず、そこら辺を考えています」
「ははあ、そうか」
「ははあ、そうか」

原文 (会話文抽出)

「御存じのとおり、茶壺にはいろいろの焼きがございますが、各大名の壺をあずかりました茶匠においては、禄高、城中の席順に関係なく、壺の善悪によって、棚の順位を決めるのでござります。いかに大藩の茶壺でも、壺そのものが名品でなければ、上位には据えられませぬ。また、小藩の茶壺なりとも、名器でござりますれば、上位を与えられますのが、これが、宇治の茶匠の一つの権威とでも申しましょうか? イヤ、上様の前をはばかりもせず、先刻御承知のことを、かように談義めかしておそれ入りまする」
「イヤ、話にはおのずと、順序というものがござる、かまわずお続けめされい」
「それで?」
「ハッ……それで、各大名は、おのずと壺の順位を争いまして、万金を投じて伝来の茶壺をあがない求めまするありさま。かくして、新茶が詰まりますまで、壺はその宇治の茶匠のもとに、飾られてあるのでございます」
「すると、このこけ猿の茶壺も、柳生藩から毎年、その新茶を入れに宇治の茶匠へつかわされたものであろうかの?」
「御意にござりまする。昔から茶匠の棚において、一の位をゆずったことのないこけ猿の茶壺――この壺あるがゆえに、わずかの禄にもかかわらず、御三家をはじめ、御譜代外様を通じての大大名をも後えにおさえて、第一の席は、ずっと柳生家の占むるところでござりました」
「この名壺じゃからな、むりもない」
「それほどの壺をまた、柳生ではどうして、弟の源三郎へなどくっつけて、この江戸の司馬十方斎へゆずろうとしたのであろう……解せぬ」
「サ、それは、なんとかして弟を世に出そうという、兄対馬守の真情でもござりましょうか。弟の源三郎と申すは、剣をとっては稀代の名誉なれど、何分恐ろしい乱暴者で、とかくの噂もあり、末が気づかわれますところから、天下の人間道場たる江戸へ出して、広い世間を見せてやろうとの兄のはからいに相違ござりませぬ。マ、それはそれといたしまして、サテ、宇治では、各大名の茶壺に新茶を詰め終わりますると、これなる蓋をいたし、この蓋の上から、ピッタリと奉書の紙をはりまして、壺の口に封をいたします」
「フム、それは余も存じておる」
「おそれいります。その封をした茶壺を、それぞれ藩へ持ちかえり、藩公の面前において、お抱えのお茶師が封を切り、新茶をおすすめまいらする……これを封切りのお茶事と申しまして、お茶のほうでは非常にやかましい年中行事の一つでございます」
「イヤ、そこらのことは、よくわかり申した。が、わからぬことがたったひとつある。このこけ猿も、毎年宇治へ往復して新茶の詰めかえをしたものなら、中に古い地図などがはいっておったら、とうに人眼につかずにはおかぬはず。とっくの昔に誰かが見つけて、もう宝は掘り出されたあとかもしれぬテ。さようではごわせんか、上様」
「そうも考えられるが、さもなければ、その図は、はじめから壺の中ではなく、壺は壺でも他の場所に――」
「えらい! さすがは天下の八代様。これなる越前も、愚楽も、まず、そこらのところとにらんでおります」
「ハハア、そうか」
「ハハア、そうか」


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