GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『それから』
現代語化
「それだよ。それこそ長井君だ」
「君、頭はしっかりしてるよ」
「しっかりしてるさ。君さえしっかりしてれば、こっちはいつでも大丈夫だ」
「君はさっきから、働くないとばかり言って、だいぶ僕を攻撃したけど、僕は黙ってた。攻撃される通り、僕は働かないつもりだから黙ってた」
「なんで働かない?」
「なんで働かないって、それは僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いんだ。もっと、大袈裟に言うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないんだ。そもそも、日本ほど借金を作って、貧乏してる国はないだろう。この借金がさ、いつになったら返せると思う?まあ外債くらいは返せるだろう。でも、そればっかりが借金じゃない。日本は西洋から借金しないと、とてもやっていけない国なんだ。なのに、一等国を気取ってる。それで無理やり一等国に入ろうとしてる。だから、ありとあらゆる面で、奥行きを削って、一等国だけ間口を張っちゃった。見栄を張れるから、なお悲惨なんだよ。牛と競争する蛙と同じで、もうさ、腹が裂けるよ。その影響は全部、僕ら個人に跳ね返ってるんだ。こんな西洋の圧力にさらされてる国民は、心に余裕がないから、ろくな仕事はできない。徹底的に切り詰めた教育を受けて、目の回るほど働かされるから、みんな神経衰弱になっちゃう。話してみなよ。たいていバカだから。自分のことと、自分の今日の、今のこと以外、何も考えてない。考えられないほど疲れてるんだから仕方ない。心の疲弊と、体の衰弱は残念ながら一緒になってる。おまけに、道徳も一緒に崩壊してる。日本中どこを見渡しても、輝いてる部分はちょっとも見つからないじゃないか。全部暗闇だ。そんな中で僕一人、何を言おうが何をしようが、しょうがないよ。僕はもともと怠け者だ。いや、君と一緒に歩いてたときから怠け者だ。あの時は無理に気張ってたから、君には有望そうに見えたんだろう。まあ今も、日本の社会が精神的にも、道徳的にも、身体的にも、全体として健全なら、僕は相変わらず有望なんだよ。そうならやることはいくらでもあるからね。それに僕の怠け癖に打ち勝てるほどの刺激も、またいくらでもあると思う。でも今は駄目だ。今のままなら僕はむしろ自分一人の世界にいるよ。それで、君の言うありのままの世界を、ありのままに受け取って、そこで僕に一番合ったものに触れていれば満足する。進んで他人を、こちらの考え通りにするなんて、とてもできる話じゃないよ――」
原文 (会話文抽出)
「君は酒を呑むと、言葉丈酔払つても、頭は大抵確かな男だから、僕も云ふがね」
「それだ。それでこそ長井君だ」
「君、頭は確かい」
「確だとも。君さへ確なら此方は何時でも確だ」
「君はさつきから、働らかない/\と云つて、大分僕を攻撃したが、僕は黙つてゐた。攻撃される通り僕は働らかない積だから黙つてゐた」
「何故働かない」
「何故働かないつて、そりや僕が悪いんぢやない。つまり世の中が悪いのだ。もつと、大袈裟に云ふと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程借金を拵らへて、貧乏震ひをしてゐる国はありやしない。此借金が君、何時になつたら返せると思ふか。そりや外債位は返せるだらう。けれども、それ許りが借金ぢやありやしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでゐて、一等国を以て任じてゐる。さうして、無理にも一等国の仲間入をしやうとする。だから、あらゆる方面に向つて、奥行を削つて、一等国丈の間口を張つちまつた。なまじい張れるから、なほ悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。其影響はみんな我々個人の上に反射してゐるから見給へ。斯う西洋の圧迫を受けてゐる国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、さうして目の廻る程こき使はれるから、揃つて神経衰弱になつちまふ。話をして見給へ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考へてやしない。考へられない程疲労してゐるんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なつてゐる。のみならず、道徳の敗退も一所に来てゐる。日本国中何所を見渡したつて、輝いてる断面は一寸四方も無いぢやないか。悉く暗黒だ。其間に立つて僕一人が、何と云つたつて、何を為たつて、仕様がないさ。僕は元来怠けものだ。いや、君と一所に往来してゐる時分から怠けものだ。あの時は強ひて景気をつけてゐたから、君には有為多望の様に見えたんだらう。そりや今だつて、日本の社会が精神的、徳義的、身体的に、大体の上に於て健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。さうなれば遣る事はいくらでもあるからね。さうして僕の怠惰性に打ち勝つ丈の刺激も亦いくらでも出来て来るだらうと思ふ。然し是ぢや駄目だ。今の様なら僕は寧ろ自分丈になつてゐる。さうして、君の所謂有の儘の世界を、有の儘で受取つて、其中僕に尤も適したものに接触を保つて満足する。進んで外の人を、此方の考へ通りにするなんて、到底出来た話ぢやありやしないもの――」