島崎藤村 『夜明け前』 「お父さん、ここに神谷八郎右衛門とあります…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「お父さん、ここに神谷八郎右衛門ってありますよ。あ、この人は外桜田門の警備だ」
「名古屋の神谷八郎右衛門さんと言えば、俺も会ったことがあるよ」
「西丸の大手から、神田橋、馬場先、和田倉門、それから坂下二重門内の百人番所まで、重要な場所は尾州の兵隊で固めたって書いてありますね」
「つまり、江戸城は尾州藩が管理することになったんだな」
「ちょっと待って。ここに静寛院様と、天璋院様のことについても書いてあります。この静寛院様は、和宮様のことですよ。お二人とも最後まで江戸城に残られたって書いてあります」
「へえ、そうなのかい」
「お二人とも大変な立場ですよね。だって、和宮様は京都から輿入れされたし、天璋院様は薩摩から来た方ですから」
「まあ、ちょっと待って。天璋院様には、こんな話もあるんですよ。前の14代将軍が、和宮様を迎え入れて、いわばお姑さんとして、初めて京都方と対面した時だったと思います。天璋院様は、すぐに自分の席には座らなかったんです。まずたくさんの侍女の中に混じって、京都方の様子をじっくり観察したそうです。それから、立って、いきなり自分の方が上座に着いたそうです。侍女の中からこう堂々と立った様子は、さすが天璋院様です。あの話は今でも忘れません。ほら、天璋院様はそういう人でしょう。今回、城を明け渡す時には、和宮様は田安の方へお移りになるから、あなたは一橋家の方へお移りなさいって言われたけど、天璋院様はなかなか動かなかったそうですよ。それを無理矢理お連れしたようなことが、この記録にも書いてあります」
「かわいそうな話だねえ」
「まあ、話に夢中で、私まだお茶も入れてあげなかった」

原文 (会話文抽出)

「お父さん、ここに神谷八郎右衛門とありますよ。ホ、この人は外桜田門の警衛だ。」
「名古屋の神谷八郎右衛門さまと言えば、おれもお目にかかったことがある。」
「西丸の大手から、神田橋、馬場先、和田倉門、それから坂下二重門内の百人番所まで、要所要所は尾州の兵隊で堅めたとありますね。」
「つまり、江戸城は尾州藩のお預かりということになったのだね。」
「待ってください。ここに静寛院さまと、天璋院さまのことも出ています。この静寛院さまとは、和宮さまのことです。お二人とも最後まで江戸城にお残りになったとありますよ。」
「へえ、そうあるかい。」
「お二人とも苦しい立場さね。そりゃ、お前、和宮さまは京都から御輿入れになったし、天璋院さまは薩摩からいらしったかただから。」
「まあ、待ってください。天璋院さまには、こんな話もありますね。以前、十四代将軍のところへ、和宮さまをお迎えになって、言わばお姑さまとして、初めて京都方と御対面の時だったと覚えています。そこは天璋院さまです、すぐに自分の席には着かない。まず多数の侍女の中にまじっていて、京都方の様子をとくと見定めたと言いますね。それから、たち上がって、いきなり自分の方が上座に着いたとも言いますね。こうすっくと侍女の中からたち上がったところは、いかにもその人らしい。あの話は今だに忘れられません。ごらんなさい、天璋院さまはそういう人でしょう。今度、城を明け渡すについては、和宮さまは田安の方へお移りになるから、あなたは一橋家の方へお移りなさいと言われても、容易に天璋院さまは動かなかったとありますね。それを無理にお連れ申したようなことが、この覚え書きの中にも出ていますよ。」
「あわれな話だねえ。」
「まあ、お話に気を取られて、わたしはまだお茶も入れてあげなかった。」


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