島崎藤村 『夜明け前』 「お民、香蔵さんは中津川へお帰りになるばか…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「お民、香蔵さんは中津川へ帰るだけじゃないよ。これからまた京都の方へ行く人なんだよ」
「それはすごいですね」
「うん、たぶん景蔵さんと一緒に行くよ。私もまた京都の方へ行って、しばらく先生(鉄胤のこと)のそばに暮らしてくる」
「お民、香蔵さんともしばらくお別れだ。お酒をもう1本頼んで。お母さんには内緒だよ」
「今夜は御幣餅でも焼いてあげましょうかって、台所で今準備してます」
「まあ、香蔵さんもゆっくり召し上がってください」
「それはありがたい。御幣餅なんて、いいものをごちそうしてくれますね。木曽の胡桃の香りは最高ですからね」
「香蔵さん、あなたは京都のことは詳しいでしょう。今度もいろいろ便利でしょう。あなたが京都に住む1か月は、前の3か月にも半年にも相当します。とにかく、あなたや景蔵さんはうらやましい」
「さあ、もう一度京都に行ってみたら、どんなふうに変わってるでしょうね」
「なんでも縫助さんの話では、京都は今、復興の最中だそうですね」
「伊那でもそれが評判になってます。一方では、東征軍が勢いづいてるでしょう。世の中の舞台も大きく動き出しましたね。でも、半蔵さん、僕たちは平田先生の門人同士です。ここは考えるべき時だと思います」
「私もそう思う」
「ほら、舞台の役者って、芝居全体のことより、自分の役回りに一生懸命になりすぎる面があるよね。熱心な役者ほど、そういうところがあるよね。今回、私は総督に同行してみて、それを実感しました。狂言作者が、諸侯の分立を壊すっていう筋を書いたとしても、役者たちは深く理解してくれないかもしれない」
「大勢の仕事って、そういうものなのですかね」
「まあ、半蔵さん、私は京都に行って、あの復興の街の中に身を置いてみますよ。いろんなことをあなたのところにも手紙で書きますよ。関東の状況がどんなに切迫してるって言ったって、肝心の慶喜公がおとなしくなってますからね。佐幕派の運命も決まりかけてますね。それより、私は兵庫や大阪の開港と開市の方が気になります。外国公使の参内も無事に済んだっていうけど、それでいいって言えるようなものじゃないでしょう。この国の基礎をまだ固めてないのに、外国は兵力を見せて条約の履行を迫ってくる。それに、この国の人は我慢するしかない。辛抱、辛抱――僕たちは子孫のためにも考えて、この時は大いに我慢しなきゃならない。本当に国を開くも、開かないも、これからなんだよ……」
「お客さま――ああ、御幣餅」

原文 (会話文抽出)

「お民、香蔵さんは中津川へお帰りになるばかりじゃないよ。これからまた京都の方へお出かけになる人だよ。」
「それはおたいていじゃありません。」
「ええ、たぶん景蔵さんと一緒に。わたしもまた京都の方へ行って、しばらく老先生(鉄胤のこと)のそばで暮らして来ます。」
「お民、香蔵さんともしばらくお別れだ。お酒をもう一本頼む。お母さんには内証だよ。」
「今夜は御幣餅でも焼いてあげたいなんて、台所で今したくしています。」
「まあ、香蔵さんもゆっくり召し上がってください。」
「そいつはありがたい。御幣餅とは、よいものをごちそうしてくださる。木曾の胡桃の香は特別ですからね。」
「香蔵さん、君は京都のことはくわしい。今度はいろいろな便宜もありましょう。今度君が京都で暮らして見る一か月は、以前の三か月にも半年にも当たりましょう。何にしても、君や景蔵さんはうらやましい。」
「さあ、もう一度京都へ行って見たら、どんなふうに変わっていましょうかさ。」
「なんでも縫助さんの話じゃ、京都は今、復興の最中だというじゃありませんか。」
「伊那でもそれが大評判。一方には君、東征軍があの勢いでしょう。世の中の舞台も大きく回りかけて来ましたね。しかし、半蔵さん、われわれはお互いに平田先生の門人だ。ここは考うべき時ですね。」
「わたしもそれは思う。」
「見たまえ、舞台の役者というものは、芝居全体のことよりも、それぞれの持ち役に一生懸命になり過ぎるようなところがあるね。熱心な役者ほど、そういうところがあるね。今度わたしは総督のお供をして見て、そのことを感じました。狂言作者が、君、諸侯の割拠を破るという筋を書いても、そうは役者の方で深く読んでくれない。」
「多勢の仕事となると、そういうものかねえ。」
「まあ、半蔵さん、わたしは京都の方へ出かけて行って、あの復興の都の中に身を置いて見ますよ。いろいろまた君のところへも書いてよこしますよ。関東の形勢がどんなに切迫したと言って見たところで、肝心の慶喜公がお辞儀をしてかかっているんですからね。佐幕派の運命も見えてますね。それよりも、わたしは兵庫や大坂の開港開市ということの方が気にかかる。外国公使の参内も無事に済んだからって、それでよいわと言えるようなものじゃありますまい。こんな草創の際に、したくらしいしたくのできようもなしさ。先方は兵力を示しても条約の履行を迫って来るのに、それすらこの国のものは忍ばねばならない。辛抱、辛抱――われわれは子孫のためにも考えて、この際は大いに忍ばねばならない。ほんとうに国を開くも、開かないも、実にこれからです……」
「お客さま――へえ、御幣餅。」


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