島崎藤村 『夜明け前』 「暮田さん、今度わたしは京都に出て来て見て…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「暮田さん、今回俺京都に来て見てそう思います。今は藩が中心だし。藩を背負って立ってる人は、やりたいことできる。でも、俺ら平田門人は医者とか、庄屋とか、本陣問屋とか、百姓や町人でしょ」
「確かに、平田門人のほとんどはそうだな」
「そうでしょ。みんな縁の下の力持ちです。それでも、なんとか新政府を守ろうとしてる。そう思うと、切ないよね」
「でも縫助さん、平田門人が下っ端ばかりみたいに言うけど、士分の奴もいるんじゃねえの」
「そうなんですか」
「ほら、こないだ鉄胤先生のところで、昔の門人名簿を見せてもらったんだ。そしたら、天保の頃は篤胤直門が549人くらいいて、そのうち73人が士分だったんだぜ。全国で17藩くらいから出てるんだよ。一番多い藩が14人、少ない藩が1人って感じ。鹿児島、津和野、高知、名古屋、金沢、秋田、あと仙台――数えてくと、同門の藩士も増えてきたな。山吹とか苗木とかは言うまでもないよな。昔の17藩が、今は35藩くらいになってるんじゃねえか。ここだよ、問題なのは――各藩は今、大きな問題にぶつかってて、みんな右往左往してる。勤王か、佐幕かだ。こういう時に、平田篤胤亡き後の門人が諸藩の中にもいるとしたら。越前藩の中根雪江が、春嶽公とか藩の人たちとの間に入って、勤王を煽ってるなんてのは、いい例だと思うよ。あと、越前には橘曙覧みたいな同門の歌人もいる――まあ、この人は士分かどうかは知らんけど」
「とにかく、暮田さん。同門の人が急激に増えたのは、すごいことですよね。他の地域は知らんけど、あなたが伊那に隠れてた時、1年の入門者は20人くらいだったでしょ。それなのにあの谷じゃ、7人か9人から急に20人の入門者ができたって言って、みんな誇らしげだったものです。それがどうでしょう、去年の冬から今年の春にかけて、一気に100人ですよ」
「この調子だと、全国の同門は3000人を超えるだろうね。もちろん、士分ばかりじゃない。公卿にだって、30人近い同門の人が出てきたんだ。こんなに平田篤胤を師と仰ぐ人がいるのは、どういう理由だと思う?篤胤先生には『霊の真柱』という言葉がある……そう、魂の柱だ。それをみんな失ってるからじゃないかな……今この時代が求めてるのは、また生きるってことなんじゃねえのか……」

原文 (会話文抽出)

「暮田さん、今度わたしは京都に出て来て見て、そう思います。なんと言っても今のところじゃ藩が中心です。藩というものをそれぞれ背負って立ってる人たちは、思うことがやれる。ところが、われわれ平田門人はいずれも医者か、庄屋か、本陣問屋か、でなければ百姓町人でしょう。」
「そう言えば、そうさ。平田門人の大部分は。」
「でしょう。みんな縁の下の力持ちです。それでも、どうかして新政府を護り立てようとしています。それを思うと、いたいたしい。」
「しかし、縫助さん、君は平田門人が下積みになってるものばかりのように言うが、士分のものだってなくはない。」
「そうでしょうか。」
「見たまえ、こないだわたしは鉄胤先生のところで、天保時代の古い門人帳を見せてもらったが、あの時分の篤胤直門は五百四十九人ぐらいで、その中で七十三人が士分のものさ。全国で十七藩ぐらいから、そういう人たちを出してるよ。最も多い藩が十四人、最も少ない藩が一人というふうにね。鹿児島、津和野、高知、名古屋、金沢、秋田、それに仙台――数えて来ると、同門の藩士もふえて来たね。山吹、苗木なぞは言うまでもなしさ。あの時分の十七藩が、今じゃ三十五藩ぐらいになってやしないか。そこだよ、君――各藩は今、大きな問題につき当たって、だれもが右往左往してる。勤王か、佐幕かだ。こういう時に、平田篤胤没後の門人が諸藩の中にもあると考えて見たまえ。あの越前藩の中根雪江が、春嶽公と同藩の人たちとの間に立って、勤王を鼓吹してるなぞは、そのよい例じゃないかと思うね。それから、越前には君、橘曙覧のような同門の歌人もあるよ――もっとも、この人は士分かどうか、その辺はよく知らないがね。」
「とにかく、暮田さん。同門の人たちが急にふえて来たことは、驚くようですね。他の土地は知りませんが、あなたが伊那に来て隠れていた時分、一年の入門者は二十人くらいのものでしたろう。それでもあの谷じゃ、七人か九人から急に二十人の入門者ができたと言って、みんな肩身が広くなったように思ったものです。どうでしょう、昨年の冬からこの春へかけて、一息に百人という勢いですぜ。」
「この調子で行ったら、全国の御同門は今に三千人を越えるだろうね。そりゃ君、士分のものばかりじゃない。堂上の公卿衆にだって、三十人近い御同門のかたができて来たからね。こんなに故人の平田篤胤を師と頼んで来る人のあるのは、どういう理由かと尋ねて見るがいい。あの篤胤先生には『霊の真柱』という言葉がある……そうさ、魂の柱さ。そいつを皆が失っているからじゃないかね……今の時代が求めるものは、君、再び生きるということじゃなかろうか……」


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