島崎藤村 『夜明け前』 「して見ると、この戦いはどうなったのかい。…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「で、この戦争はどうなったの?」
「それがですね。各藩とも、最初から戦う気なんてまるでなくて出かけたみたいなんです。長州と決戦するつもりでいった藩なんて、まあないと言ってもいいようです。ただ幕府への義理で兵を出したというのが実情なんじゃないでしょうか。」
「でも、半蔵、この戦争が始まってから、もう三月近くにもなるよ。六度や七度の合戦はあったって、俺は聞いてるよ。」
「そりゃ、お父さん、芸州口にもありましたし、大島方面にもありましたし、下の関の方面にもありました。それがみんな長州兵を防ぐ一方です。それから、撤退、撤退です。どうも変だなあ、変だなあと思ってました。本当に戦う気があるなら、一部の人数を失ったくらいで、あんなに撤退ばかりするはずがないと思っていました。幕府方に言わせたら、榊原小平太の子孫だなんてえらそうにしているあの榊原の軍勢もダメだ、彦根もダメだ、赤鬼の名をとどろかせたご先祖の井伊直政に恥じると言うがいいなんて、今は味方のことまで悪く言う始末ですよ。でも、尾州藩あたりの人たちは、そうは言いませんよ。これは国内外の情勢をわかっていないんだ、ただ徳川家の昔の勢いばかりをみてからの言い草なんだ、そう言っていますよ。要するに、江戸幕府のために命をかけようって人がいなくなってきたんですね。各藩とも、一人でも兵を失わないようにして、徳川政府というよりも自分の藩のことを考えるようになってきたんですね。」
「そう言ってみれば、助郷村々の百姓だって、徳川様の権威だけではもう動かないようになってきてるしな。」
「まあ、名古屋の留守居役人あたりじゃ、この先どうなるかと思って見てるみたいですよ。最初から尾州ではこんな長州征伐には反対だ、隠居の(徳川慶勝)忠告を聞いておけば幕府もこんなひどいことにはならなかった、そう言って憤慨しないものはありません。なんでも、石州口の方じゃ、浜田城も落ちたっていう噂です。おまけに将軍様がご病気だっていう噂まで聞きましたよ。」

原文 (会話文抽出)

「して見ると、この戦いはどうなったのかい。」
「それがです。各藩共に、みんな初めから戦う気なぞはなくて出かけて行ったようです。長州を相手に決戦の覚悟で行ったような藩は、まあないと言ってもいいようです。ただ幕府への御義理で兵を出したというのが実際のところじゃありますまいか。」
「でも、半蔵、この戦いが始まってから、もう三月近くもなるよ。六度や七度の合戦はあったと、おれは聞いてるよ。」
「そりゃ、お父さん、芸州口にもありましたし、大島方面にもありましたし、下の関の方面にもありました。それがみんな長州兵を防ぐ一方です。それから、退却、退却です。どうもおかしい、おかしいとわたしは思っていました。ほんとうに戦う気のあるものなら、一部の人数を失ったぐらいで、あんなに退却ばかりしているはずはないと思っていました。幕府方に言わせましたら、榊原小平太の後裔だなんていばっていてもあの榊原の軍勢もだめだ、彦根もだめだ、赤鬼の名をとどろかした御先祖の井伊直政に恥じるがいいなんて、今じゃ味方のものを悪く言うようなありさまですからね。でも、尾州藩あたりの人たちは、そうは言いませんよ。これは内外の大勢をわきまえないんだ、ただ徳川家の過去の御威勢ばかりをみてからの言い草なんだ、そう言っていますよ。早い話が、江戸幕府のために身命をなげうとうというものがなくなって来たんですね。各藩共に、一人でも兵を損じまいというやり方で、徳川政府というよりも自分らの藩のことを考えるようになって来たんですね。」
「そう言われて見ると、助郷村々の百姓だっても、徳川様の御威光というだけではもう動かなくなって来てるからな。」
「まあ、名古屋の御留守居あたりじゃ、この成り行きがどうなるかと思って見ているありさまです。最初から尾州ではこんな長州征伐には反対だ、御隠居の諫めを用いさえすれば幕府もこんな羽目にはおちいらなかった、そう言って憤慨しないものはありません。なんでも、石州口の方じゃ、浜田の城も落ちたといううわさです。おまけに公方様は御病気のようなうわさも聞いて来ましたよ。」


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