島崎藤村 『夜明け前』 「どれ、無礼講とやりますか。そう、そう、あ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「じゃ、遠慮なく話そうか。そうそう、馬籠の本陣じゃ、俺一晩土蔵に泊まったよ。あの時、青山さんが瓢箪に酒を入れて持ってきてくれたんだ。あんな旨い酒は、それっきり飲んでねぇよ。」
「そんなこと言わずに、飯田の酒も飲んでみてよ。」
「暮田さんの前で言うのもなんだけど、最近の洋学者って一体何してんの?」
「また香蔵さん、決まり文句が始まった。」
「お前は唐突に何か言い出すから、時々びっくりするよ。いつもよそ事考えてるせいなんじゃねぇか?」
「でも、俺は黒船のことを考えないわけにはいかねぇんだ。」
「よそ事考えてる」
「それが、今年の夏に京都で殺された佐久間象山だって、元は洋学者だったんだぜ。」
「あの人は木曽路を通って京都に行ったんでしょ。青山さんちにも寄っていったんじゃねぇのか?」
「いや、ちょうど俺留守だったんだよ。」
「あれは三月、山桜がようやく咲き始めた頃だった。俺は福島出張から帰ってきて、そん時初めて知ったんだ。」
「蜂谷さんは?」
「俺は景蔵さんと一緒に京都にいた時だ。象山も陪臣だけど、幕府に召されたって評判で、従者十五、六人引き連れて、秘蔵の愛馬に西洋鞍か何かつけて松代から来た時は、京都の人間はびっくりしてたよ。」
「だろうな。象山のことだから、自分が行ったらみんな驚くと思って、気合いを入れて行ったんだろうな。でも、あの人は吉田松陰の事件で、九年も牢屋に入ってたんじゃねぇか。外に出ないで世の中を知ってるとか言ってもさ。どんな博識多才な名士だって、九年も外に出なかったら、京都の様子もわからなくなるよな。実際、上洛して三ヶ月も経たないうちに、ばっさり殺されちまったんだ。いやはや、京都は物騒なところだ。俺が知ってるだけでも、何度形勢が変わったかわかんなかったよ。」
「それにはこういう事情もあるんだ。」
「象山が殺されたのは、池田屋事件のちょっと前だったよな。ねえ、香蔵さん、そうだったっけ?」
「そう、そう、みんながピリピリしてた頃だったよ。」
「あれは長州の大軍が京都を包囲する前、叡山に天皇を奉じる計画があった時だったと思う。そこに象山が松代藩から六百石の格式で来て、山階宮に挨拶したり慶喜公に会ったりして、彦根に天皇を移すことを画策してるって噂が立ったんだ。そしたら邪魔になるって思われて、志士の一派から狙われちゃったらしいな。」
「まあ、あれだけの名士なら、もっと慎重に動いてほしかったな。」
「今の洋学者ってのは、どうも俺を見てくれってところが目立つよな。あいつは困る。でも、象山みたいな人は、『東洋は道徳、西洋は芸術(技術)』ってくらい理解してるんだよ。あいつには、東洋のこともちゃんとわかってたみたいだ。そりゃ、象山みたいな洋学者ばかりなら頼もしいんだけど、洋学ばっかの人たちってのは、見てると実に心細い。見てみろ、こんな徳川みたいな圧制政府は倒してしまえとか、そういうことを平気で口にするのも今の洋学者だぜ。そしたら陰で言う言葉って、どんな奴らの口から出てくると思う?外国関係の翻訳とかで雇われて、食ってるもの着てるもの全部幕府のものだっていう御用学者だから心細いんだ。それなのに衣食してもらってるくせに、徳川をつぶすのはどういう理屈かって詰め寄ると、何てことない、自分らが幕府の仕事をするのは、人格が立派だからとかじゃなくて、単に洋書が読めるからなんだ、革細工だから雪駄直しにやらせるのと一緒だ、洋学者は雪駄直しみたいなものだ、殿様は汚い仕事はできないから、たまたま洋書が読める奴がいるからやらせてるんだ、別に遠慮もへったくれも要らない、さっさと壊してしまえ、ただし自分たちは先頭に立つつもりはない――どうだい、これがかなりの見識がある洋学者の言い草なんだよ。どう考えても幕府は早晩倒さなきゃならない、ただ、今すぐ倒す人間がいないから仕方なく見てるんだ、そういうことも言うんだ。こんな無責任なことを言わせる今の洋学は、考えてみただけでも心細い。自分さえよければ他人はどうでもいい、百姓や町人はどうなってもいい、そんな学問に何の熱っぽさや厳しさがあるってんだ――」

原文 (会話文抽出)

「どれ、無礼講とやりますか。そう、そう、あの馬籠の本陣の方で、わたしは一晩土蔵の中に御厄介になった。あの時、青山君が瓢箪に酒を入れて持って来てくだすった。あんなうまい酒は、あとにも先にもわたしは飲んだことがありませんよ。」
「まあ、そう言わずに、飯田の酒も味わって見てください。」
「暮田さんの前ですが、いったい、今の洋学者は何をしているんでしょう。」
「また香蔵さんがきまりを始めた。」
「君は出し抜けに何か言い出して、ときどきびっくりさせる人だ。しょッちゅう一つ事を考えてるせいじゃありませんかね。」
「でも、わたしは黒船というものを考えないわけにいきません。」
「一つ事を考えている」
「そりゃ、君、ことしの夏京都へ行って斬られた佐久間象山だって、一面は洋学者さ。」
「あの人は木曾路を通って京都の方へ行ったんでしょう。青山君の家へも休むか泊まるかして行ったんじゃありませんか。」
「いえ、ちょうどわたしは留守の時でした。」
「あれは三月の山桜がようやくほころびる時分でした。わたしは福島の出張先から帰って、そのことを知りました。」
「蜂谷君は。」
「わたしは景蔵さんと一緒に京都の方にいた時です。象山も陪臣ではあるが、それが幕府に召されたという評判で、十五、六人の従者をつれて、秘蔵の愛馬に西洋鞍か何かで松代から乗り込んで来た時は、京都人は目をそばだてたものでした。」
「でしょう。象山のことですから、おれが出たらと思って、意気込んで行ったものでしょうかね。でも、あの人は吉田松陰の事件で、九年も禁錮の身だったというじゃありませんか。戸を出でずして天下を知るですか。どんな博識多才の名士だって、君、九年も戸を出なかったら、京都の事情にも暗くなりますね。あのとおり、上洛して三月もたつかたたないうちに、ばっさり殺られてしまいましたよ。いや、はや、京都は恐ろしいところです。わたしが知ってるだけでも、何度形勢が激変したかわかりません。」
「それにはこういう事情もあります。」
「象山が斬られたのは、あれは池田屋事件の前あたりでしたろう。ねえ、香蔵さん、たしかそうでしたね。」
「そう、そう、みんな気が立ってる最中でしたよ。」
「あれは長州の大兵が京都を包囲する前で、叡山に御輿を奉ずる計画なぞのあった時だと思います。そこへ象山が松代藩から六百石の格式でやって来て、山階宮に伺候したり慶喜公に会ったりして、彦根への御動座を謀るといううわさが立ったものですからね。これは邪魔になると一派の志士からにらまれたものらしい。」
「まあ、あれほどの名士でしたら、もっと光を包んでいてもらいたかったと思いますね。」
「どうも今の洋学者に共通なところは、とかくこのおれを見てくれと言ったようなところがある。あいつは困る。でも、象山のような人になると、『東洋は道徳、西洋は芸術(技術の意)』というくらいの見きわめがありますよ。あの人には、かなり東洋もあったようです。そりゃ、象山のような洋学者ばかりなら頼もしいと思いますがね、洋学一点張りの人たちと来たら、はたから見ても実に心細い。見たまえ、こんな徳川のような圧制政府は倒してしまえなんて、そういうことを平気で口にしているのも今の洋学者ですぜ。そんなら陰で言う言葉がどんな人たちの口から出て来るのかと思うと、外国関係の翻訳なぞに雇われて、食っているものも着ているものも幕府の物ばかりだという御用学者だから心細い。それに衣食していながら、徳川をつぶすというのはどういう理屈かと突ッ込むものがあると、なあに、それはかまわない、自分らが幕府の御用をするというのは何も人物がえらいと言って用いられているのじゃない、これは横文字を知ってるというに過ぎない、たとえば革細工だから雪駄直しにさせると同じ事だ、洋学者は雪駄直しみたようなものだ、殿様方はきたない事はできない、幸いここに革細工をするやつがいるからそれにさせろと言われるのと少しも変わったことはない、それに遠慮会釈も糸瓜も要るものか、さっさと打ちこわしてやれ、ただしおれたちは自分でその先棒になろうとは思わない――どうでしょう、君、これが相当に見識のある洋学者の言い草ですよ。どうしたって幕府は早晩倒さなけりゃならない、ただ、さしあたり倒す人間がないからしかたなしに見ているんだ、そういうことも言うんです。こんな無責任なことを言わせる今の洋学は考えて見たばかりでも心細い。自分さえよければ人はどうでもいい、百姓や町人はどうなってもいい、そんな学問のどこに熱烈峻厳な革新の気魄が求められましょうか――」


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