GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』
現代語化
「今日は屋敷町で蚊帳売りの声を聞きました」
「ええ、蚊帳、蚊帳って、いい声で遠くから呼ぶんです。一町も先からわかります。越後の人らしいけど、江戸の名物ですよ。あの声聞くと、木曾から初めて江戸に出た頃を思い出します」
「十一屋さん、江戸もずいぶん不景気みたいですね」
「いやー、不景気でも何でも」
「お屋敷がそんなんだからでしょう。昨日も建具屋のじいさんが来て、どのお屋敷からも仕事が出ない、ウチの息子は去年の暮れからずっと遊んでるってこぼしてました。じゃぁ息子のあんたは何してるって聞いたら、することがないから流行りの剣術の練習だって。よく聞くと、江戸は時どき火事があるおかげで、仕事があるって言ってました。職人からしたら、それが本音なのかも」
「火事があるから仕事があるの?江戸は広いよ」
「串談じゃなくて。火事は江戸の花――誰が決めたのやら。でも、江戸の人って火事が怖いんですよ。最近は夏でも火事があるんで、みんな用心してます。放火、放火――そういう噂も怖いですね。苦しくなると、やりかねないんです。ひどいヤツになると、樋を逆さにして軒から軒へ渡して、わざわざ火を呼ぶって」
「この公方様の膝元がひどいもんですね」
「僕も今回来て、そう思いました。毎日見てると、参勤交代を元に戻したくなるのも無理はないと思います」
原文 (会話文抽出)
「なんと言っても、江戸は江戸ですね。」
「きょうは屋敷町の方で蚊帳売りの声を聞いて来ましたよ。」
「えゝ、蚊帳や蚊帳と、よい声で呼んでまいります。一町も先から呼んで来るのがわかります。あれは越後者だそうですが、江戸名物の一つでございます。あの声を聞きますと、手前なぞは木曾から初めて江戸へ出てまいりました時分のことをよく思い出します。」
「十一屋さん、江戸もずいぶん不景気のようですね。」
「いや、あなた、不景気にも何にも。」
「お屋敷方があのとおりでしょう。きのうもあの建具屋の阿爺が見えまして、どこのお屋敷からも仕事が出ない、吾家の忰なぞは去年の暮れからまるきり遊びです、そう言いまして、こぼし抜いておりました。そんならお前の家の子息は何をしてるッて、手前が言いましたら、することがないから当時流行の剣術のけいこですとさ。だんだん聞いて見ますと、江戸にはちょいちょい火事があるんで、まあ息がつけます、仕事にありつけますなんて、そんなことを言っていましたっけ。ああいう職人にして見たら、それが正直なところかもしれませんね。」
「火事があるんで、息がつけるか。江戸は広い。」
「いえ、串談でなしに。火事は江戸の花――だれがあんなことを言い出したものですかさ。そのくせ、江戸の人くらい火事をこわがってるものもありませんがね。この節は夏でも火事があるんで、みんな用心しておりますよ。放火、放火――あのうわさはどうでしょう。苦しくなって来ると、それをやりかねないんです。ひどいやつになりますと、樋を逆さに伏せて、それを軒から軒へ渡して、わざわざ火を呼ぶと言いますよ。」
「全く、これじゃ公方様のお膝元はひどい。」
「今度わたしも出て来て見て、そう思いました。この江戸を毎日見ていたら、参覲交代を元通りにしたいと考えるのも無理はないと思いますね。」