島崎藤村 『夜明け前』 「気の毒な先生だ。数奇な生涯だ。」…

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青空文庫図書カード: 島崎藤村 『夜明け前』

現代語化

「気の毒な先生だ。波瀾万丈の人生だよ」
「国学というものを初めて私に教えてくれたのも、あの先生だ。あの年齢になって、奥さんに先立たれるなんて考えてみて」
「中津川の香蔵さんの姉さんが、亡くなった奥さんなんですか。随分年の離れた姉弟だったみたいですね」
「先生には娘さんが一人います。この人もまた聡明な方で、中津川でも才女と言われた評判の女性です。そこに養子に来たのが、今の医者をしている宮川さんです」
「私は全く知りませんでした」
「でも、お民、世の中って不思議なものだね。あの宮川先生が私たちを捨てて行ってしまうとは思わなかったよ。いずれは昔の弟子のところへまた戻ってきてくださる日が来るだろうと思っていたよ。その日が来たんだ」

原文 (会話文抽出)

「気の毒な先生だ。数奇な生涯だ。」
「国学というものに初めておれの目をあけてくれたのも、あの先生だ。あの年になって、奥さんに死に別れたことを考えてごらんな。」
「中津川の香蔵さんの姉さんが、お亡くなりになった奥さんなんですか。よほど年の違う姉弟と見えますね。」
「先生には娘さんがたった一人ある。この人がまた怜悧な人で、中津川でも才女と言われた評判な娘さんさ。そこへ養子に来たのが、今医者をしている宮川さんだ。」
「わたしはちっとも知らなかった。」
「でも、お民、世の中は妙なものじゃないか。あの宮川先生がおれたちを捨てて行ってしまうとは思われなかったよ。いずれは旧い弟子のところへもう一度帰って来てくださる日のあるだろうと思っていたよ。その日が来た。」

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