三遊亭圓朝 『名人長二』 「馬鹿な野郎だ、弟子のくせに此様な書付を出…

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青空文庫図書カード: 三遊亭圓朝 『名人長二』

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「バカな奴だ、弟子のくせにこんな書類を出すと……おや、長二どうしたんだ、今月は霜月なのに10月って書いてある、月まで間違えてるじゃないか」
「それは知ってるけど、先月から嫌気が差してるから、そう書いたんだ」
「負け惜しみを言うな、こんな書類を貼ったからには二度と家の敷居をまたぐなと誓ってもらうぞ」
「当たり前じゃん、この書類を渡したからにはこの家になんでもあっても俺は知らないよ、また俺の体にどんなことがあっても迷惑はかけないから、安心しておくれ」
「長さん待ってくれ……まあ待てってのに、お前それじゃ済まないよ、まさか忘れたわけじゃないだろう、20年前のことを、俺はその時13か14だったけど、お前がお母さんに手を引かれてうちに来た時、俺のお母さんがまぁ10か11で奉公に出るのは早すぎるんじゃないかって言ったら、お前なんと答えた、お母さんがとれる年で、賃仕事をして俺を育てるのが大変だから、早く奉公して仕事を覚えて、手間を取ってお母さんに楽をさせたいって答えたろう、お母さんがそれを聞いて、涙をこぼして、親孝行な子だ、そういうことならなんの様にも世話をするよって言って、自分の子のように可愛がったのは忘れないだろう、またその時お前は二助って名前だったけど、伊助っていう職人がいて、よく間違えるからお父さんが長二って名前を付けてくれたんだが、これにも訳があるんだ、お前の人差し指が中指と同じくらい長いのが目に入ったんだって、人差し指が長い人は器用で仕事が上手くなるものだから、指が2本とも長いっていうことで長二にしよう、京都の利齋親方の指もこうだから、この小僧も育て方次第では後には名人になるかもしれないって言って、他の職人より目をかけ丁寧に仕事を教えてくれたおかげで、お前はここまで来たんじゃないか、それにまたお前のお母さんが亡くなった時、お父さんや清五郎さんや義理の兄さんが行って、立派に葬式をあげてくれただろう、お前はその時17だったけど、親方のおかげで立派に孝行の務めを果たすことができた、この恩は死んでも忘れないって涙を流して言ったそうじゃないか、元町に世帯を持つ時もそうだろう、寝具から食器まで全部お前お父さんからもらったんじゃないか、こんなことを言って恩を着せるわけじゃないけど、お前はそんな親方を袖にして、自分から縁切りの書類を出すなんて何てことだ、道義に反してるよ、お前考えてみろよ、たくさんの弟子の中で一番親方思いって言われてたお前が、こんなことになるなんて俺はさっぱりわけがわからないよ」
「恒兄に投げられたのが腹が立つなら、俺が代わりに謝るからね、どうしたんだ、子供の時からずっと一緒に育ったから心安すぎるんだよ、許してやってくれ、お父さんも歳が歳だから、お前がいなくなると義理の兄さんが困るからよ、お父さんには俺が謝るから、長さんまぁちゃんと座ってくれよ、どうしたんだ」
「こう兄貴、今姉さんも言う通りだ、親方の恩は並大抵のことじゃない、それを知らない兄貴じゃないのに、どうしたんだ、何か人に唆されたのか、ああ、姉さんが心配するから、おい兄貴」
「お政さん親切はありがたいけど、弟子と師匠の縁が切れてしまったら謝る理由もないからね、人は年を取ったり若かったりするもので、年を取った親方や清兵衛さんより俺が先に死ぬかもしれないから、その時に頼れるように他の人も当てにしておくのが無駄じゃない、どうせなら自分で稼ぐのが一番だ、稼いで親に安心させてあげればいい、俺の身にどんなことがあっても、他人だから心配しなくていいよ……兼、お前とももう兄弟じゃないよ」
「そんならどうでもお前は」
「もうおしまいだ」
「長二」
「何の用だ」
「用じゃないよ」
「そうだろう、ボケ爺には俺も用はない」
「何を言うんだ」
「ほっとけ」
「だってひどすぎる」
「いや、そうじゃないって、これには深いわけがあるんだろう」
「どんなわけがあるか知らないけど、お父さんの作った棚を壊して縁切りの書類を出すなんて、あり得ない話だ」
「それがさ、あいつは自分の作った棚は外から3つや4つ投げつけても壊れないって知ってるから、先刻投げつけたとき、わざと行灯の後ろに隠れて、暗いところから内側から投げたんだろう、無理に俺を怒らせて縁切りの書類をもらうためにやったに違いないが、縁を切ったらどうするつもりなんだ、11月を10月って書いたのにもわけがあるんだろう、2、3日経てば何か事情が分かるだろうからほっとこうよ」

原文 (会話文抽出)

「馬鹿な野郎だ、弟子のくせに此様な書付を出すとア……おや、長二は何うかしているんだ、今月ア霜月だのに十月と書いてあるア、月まで間違えていやアがる」
「そりゃア知ってるが、先月から愛想が尽きたから、そう書いたんだ」
「負惜みを云やアがるな、此様な書付を張ったからにゃア二度と再び家の敷居を跨ぎやアがると肯かねいぞ」
「そりゃア知れた事た、此の書付を渡したからにゃア此家に何んな事があっても己ア知らねえよ、また己の体に何様な間違えがあっても御迷惑アかけねえから、御安心なせいやし」
「長さんお待ちよ……まアお待ちというのに、お前それでは済まないよ、よもやお忘れではあるまい、廿年前の事を、私は其の時十三か四であったが、お前がお母に手を引かれて宅へ来た時に、私のお母さんがマア十や十一で奉公に出るのは余り早いじゃアないかと云ったら、お前何とお云いだ、お母がとる年で、賃仕事をして私を育てるのに骨が折れるから、早く奉公をして仕事を覚え、手間を取ってお母に楽をさせたいとお云いだッたろう、お母さんがそれを聞いて、涙をこぼして、親孝行な子だ、そういう事なら何の様にも世話をしようと云って、自分の子のように可愛がったのはお忘れじゃアなかろう、また其の時お前の名は二助と云ったが、伊助という職人がいて、度々間違うからお父さんが長二という名をお命けなすったんだが、是にも訳のある事で、お前の手の人指が長くって中指と同じのを御覧なすって、人指の長い人は器用で仕事が上手になるものだから、指が二本とも長いというところで長二としよう、京都の利齋親方の指も此の通りだから、此の小僧も仕立てようで後には名人になるかも知れないと云って、他の職人より目をかけて丁寧に仕事を教えてくだすったので、お前斯うなったのじゃアないか、それに又お前のお母が歿った時、お父さんや清五郎さんや良人で行って、立派に葬式を出して上げたろう、お前は其の時十七だッたが、親方のお蔭で立派に孝行の仕納めが出来た、此の御恩は死んでも忘れないと涙を流してお云いだというじゃアないかね、元町へ世帯を持つ時も左様だ、寝道具から膳椀まで皆なお前お父さんに戴いたのじゃアないか、此様なことを云って恩にかけるのじゃアないが、お前左様いう親方を袖にして、自分から縁切の書付を出すとア何うしたものだえ、義理が済むまいに、お前考えてごらん、多くの弟子の中で一番親方思いと云われたお前が、此様な事になるとは私にはさっぱり訳が分らないよ」
「恒兄に擲たれたのが腹が立つなら、私が成代って謝るからね、何だね、子供の時から一つ処で育った心安だてが過ぎるからの事だよ、堪忍おしよ、お父さんもお年がお年だから、お前でもいないと良人が困るからよ、お父さんへは私がお詫をするから、長さんマアちゃんとお坐んなさいよ、何うしたのだねえ」
「コウ兄い、いま姉さんもいう通りだ、親方の恩は大抵の事ちゃアねえ、それを知らねえ兄いでもねえに、何うしたんだ、何か人にしゃくられでもしたのか、えゝ、姉さんが心配するから、おい兄い」
「お政さん御親切は分りやしたが、弟子師匠の縁が切れてみりゃア詫言をする訳もねえからね、人は老少不定で、年をとった親方いゝや、清兵衛さんより私の方が先へ往くかも知れませんから、他を当にするのア無駄だ、何でもてんでに稼ぐのが一番だ、稼いで親に安心をさせなさるが宜い、私の体に何様な事があろうと、他人だから心配なせいやすな……兼、手前とも最う兄弟じゃアねえぞ」
「そんなら何うでもお前は」
「もう参りません」
「長二」
「何か用かえ」
「用はねい」
「左様だろう、耄碌爺には己も用はねえ」
「何を云いやがる」
「打棄っておけ」
「だッて余りだ」
「いゝや左様でねえ、是には深い仔細のある事だろう」
「何様な仔細があるかア知らねえが、父さんの拵えた棚を打き毀して縁切の書付を出すとア、話にならねえ始末だ」
「それがサ、彼奴己の拵えた棚の外から三つや四つ擲ったッて毀れねえことを知ってるから、先刻打擲った時、故ッと行灯の陰になって、暗い所で内の方から打きやアがったのは、無理に己を怒らせて縁切の書付を取ろうと企んだのに相違ねえが、縁を切って何うするのか、十一月を十月と書いたのにも仔細のある事だろう、二三日経ったら何か様子が知れようから打棄っておきねえ」


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