三遊亭圓朝 『名人長二』 「親方……何にもないが、初めてだから一杯や…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 三遊亭圓朝 『名人長二』

現代語化

「親方…何もないけど、初めてだから一杯つきあってくださいよ」
「いやいや、恐縮です。私はお酒は嫌いなので」
「そうでしょうけど、私がお酌しますから」
「いや、それはどうもありがとうございます」
「お酒は嫌いっていうから無理に勧めないでくださいよ。親方、おつまみを食べてくださいよ」
「はい、こんなに素晴らしいものを食べたことはありません」
「だって親方みたいな腕で、親方みたいに稼いでたらかなり儲かるでしょうから、美味しいものは食べ飽きてるんじゃないですか?」
「いや、そんなことはありません。儲かるわけがないんです。どれも手間のかかる仕事ですから、高い賃金をもらっても、1日に換算してみるとたいした額にならないので、美味しいものなんて食べられません」
「そうじゃないでしょう。世間の噂じゃ親方は貧しい人に施しをするのが好きだっていうから、それで金が貯まらないんでしょう? 何の願掛けなのか知りませんが、若いのに感心ですね」
「人が何と噂してるかは知りませんが、施しというのは大層なことです。私は小さいとき貧乏だったので、貧しい人を見ると昔を思い出して気の毒になるので、持っていたお金をあげたことがあったんです。それでそういう噂が流れてるんだと思います」
「長さん、小さいとき貧乏だったっておっしゃいましたけど、お父さんやお母さんは何の商売をしてたんですか?」
「もともとは田舎の百姓で、私が小さいときに江戸に出てきて、荒物屋を始めたんですけど火事で焼けて、そのすぐ後に親父が亡くなったので、母親が貧しい中で私を育ててくれたんです。三度の飯もろくに食べられないほどだったので、子供のころから早く母親を手伝おうと思って、10歳のとき清兵衛親方の弟子になったんですけど、母親は私が17のときに亡くなってしまったんです」
「あなたみたいな心がけの良い方が、どうしてそんなに不幸なんでしょうか? お母さんをもう少し長生きさせてあげたかったですね」
「はい、あと5年生きてくれてたら、育ててくれた恩返しもできたんですけど、どうにもならないもんです」
「お察しします。あなたみたいに親孝行な人が、早く親とはぐれて孝行できなかったのはさぞ残念だったでしょう」
「はい、そうです。世の中じゃ産みの親より育ての親の恩が重いって言いますから、なおさら残念です」
「えー、じゃああなたのご両親は本当の親じゃないんですか?」
「はい、そうです…私の親は…本当の親ではありません。私を助けてくれた、いえ、私を育ててくれた親です」
「へえ、じゃあ親方は養子に貰われてきたのかね? 本当のご両親はまだ元気なの?」
「そういうわけではありません」
「じゃあ里子かなんかですか?」
「いいえ、それでもないんです」
「どうしたのかわけが分からない」
「はい、このことは今までほかの人に話したことはありませんが、どうも私の恥なので本当に」
「親方、遠慮しないで。あなたの人柄がいいから、旦那がこんなに可愛がって、あなたのことを心配してくれているのだから、話しても大丈夫ですよ」
「どんなことか知りませんが、話次第によっては私もお手伝いできるかもしれないので、話してください。決して他言はしませんから」
「はい、そこまで親切に仰ってくださるならお話ししましょう。ただし、内密にお願いします…実は私は棄児です」
「あなたさんが?」
「はい、私の本当のご両親のように」

原文 (会話文抽出)

「親方……何にもないが、初めてだから一杯やっておくれ」
「こりゃアお気の毒さまな、私ア酒は嫌いですから」
「そうでもあろうが、私がお酌をするから」
「へい/\これは誠にどうも」
「酒は嫌いだというから無理に侑めなさんな、親方肴でもたべておくれ」
「へい、こんな結構な物ア喰った事アございませんから」
「だッて親方のような伎倆で、親方のように稼いでは随分儲かるだろうから、旨い物には飽きて居なさろう」
「どう致しまして、儲かるわけにはいきません、皆な手間のかゝる仕事ですから、高い手間を戴きましても、一日に割ってみると何程にもなりやしませんから、なか/\旨い物なんぞ喰う事ア出来ません」
「左様じゃアあるまい、人の噂に親方は貧乏人に施しをするのが好きだという事だから、それで銭が持てないのだろう、何ういう心願かア知らないが、若いにしちア感心だ」
「人は何てえか知りませんが、施しといやア大業です、私ア少さい時分貧乏でしたから、貧乏人を見ると昔を思い出して、気の毒になるので、持合せの銭をやった事がございますから、そんな事を云うんでしょう」
「長さん、お前少さい時貧乏だッたとお云いだが、お父さんやお母さんは何商売だったね」
「元は田舎の百姓で私の少さい時江戸へ出て来て、荒物屋を始めると火事で焼けて、間もなく親父が死んだものですから、母親が貧乏の中で私を育ったので、三度の飯さえ碌に喰わない程でしたから、子供心に早く母親の手助けを仕ようと思って、十歳の時清兵衛親方の弟子になったのですが、母親も私が十七の時死んでしまったのです」
「お前さんのような心がけの良い方が、何うしてまア其様に不仕合だろう、お母さんをもう少し生かして置きたかったねえ」
「へい、もう五年生きていてくれると、育ってくれた恩返しも出来たんですが、まゝにならないもんです」
「お察し申します、お前さんのように親思いではお父さんやお母さんに早く別れて、孝行の出来なかったのはさぞ残念でございましょう」
「へい左様です、世間で生の親より養い親の恩は重いと云いますから、猶残念です」
「へえー、そんならお前さんの親御は本当の親御さんではないの」
「へい左様……私の親は……へい本当の親ではごぜいません、私を助けて、いゝえ私を養ってくれた親でございます」
「はて、それでは親方は養子に貰われて来たので、本当の親御達はまだ達者かね」
「其様な訳じゃアございませんから」
「そんなら里っ子ながれとでもいうのかね」
「いゝえ、左様でもございません」
「どうしたのか訳が分らない」
「へい、此の事は是まで他に云った事アございませんから、どうもヘイ私の恥ですから誠に」
「親方何だね、お前さんの心掛が宜いというので、旦那が此様に可愛がって、お前さんの為になるように心配してくださるのだから、話したって宜いじゃアないかね」
「どんな事か知らないが、次第によっちゃア及ばずながら力にもなろうから、話して聞かしなさい、決して他言はしないから」
「へい、そう御親切に仰しゃってくださるならお話をいたしましょうが、何卒内々に願います………実ア私ア棄児です」
「お前さんがエ」
「へい、私の実の親ほど」


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