三遊亭圓朝 『菊模様皿山奇談』 「はあー……お菊先程林藏が先へ帰ったろう」…

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青空文庫図書カード: 三遊亭圓朝 『菊模様皿山奇談』

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「はあー……お菊、さっき林蔵が先に帰っていっただろう」
「はい、だいぶ酔っ払っていらっしゃってとてもご機嫌がよかったんですけど、なんとか説き伏せて部屋に行かせたんですが。彼にはあまりお酒をあげちゃいけませんから、加減してあげてください」
「ウム、そうか。何か土産のおつまみをくれって言ってたか?」
「はい、いろいろいただいたんですが、私のはいいからお前持って行けって言って、全部彼にあげちゃいました」
「ああそうか。あゝーいい気分だ。どこで飲むより家に帰って気ままにくつろいで、お菊にお酌してもらって飲むのが一番うまいものだなぁ」
「またそんないいことばっかりおっしゃいます。私みたいな見るからに下品な者がお酌をしても、お酒もおいしくないと思うんですけど」
「いやいや、本当においしい。はあー……だけどな、お菊。酔っ払って言ってるんじゃないけど、表向きは、まあお前は小間使いとして奉公に来た時から、容姿も言葉遣いも身のこなしも、他の奉公人とは違って、生まれ持った気品がある。本当に格式の高い屋敷にいながら、仮に俺が出世して、身分不相応な高禄をもらうことになっても、なおさら慎まなきゃいけない。ところが、どうしても慎まれないんだ。俺が酔っ払った勢いで無理を言った時も、お前は断っただろう?断っただろうけど、生来の聡明さから、断ると奉公もできなくなって、ひどい扱いを受けるだろうと思って、まあお前も嫌々ながら俺の言うことを聞いてくれたところがある。それは俺もうれしく思ってるよ」
「またそんなことをおっしゃって。あの話は……」
「いいんだよ。誰にも話さない話だ。表向きじゃないから。もうあと一つくらい役職が変わったら、内実はわかたけの方でも俺がお前の手を握ったことも知ってるけど、俺がわかたけに恩を着せてるから、彼も承知してるし、おりえの方でも知ってるけど、一言も言ったことはない。お前と俺だけの話だけど、お前はさぞかし嫌だろうと思ってかわいそうなんだ」
「あなた、何かというとそんなイヤミなことばかりおっしゃいます。それはあなたが身を切られるくらい嫌なら、そんなことなんかできません」
「でもお前は俺に何か隠してるよ」
「私が何も隠したことはありません」
「いや隠してる。何かを隠すというのも結局主従の隔たりがあって、俺は旦那様と呼ばれる身分だから、お前の方も俺を主人と思えば、軽はずみな扱いもできなくて、こう言ったら悪いだろうかと俺に何かを隠すところが見えると、つまりお前の兄は船上忠平で、それが渡辺織江の家に奉公してる。そこには何とも言えない事情があるんだろう」
「何を言ってるのか私にはさっぱりわかりません。これまで私はあなたに隠したことはありません」
「そうなら俺から頼みがある。だけど笑うなよ。俺がお前にここまで惚れたというのは本当にお前が好きだからだ。俺も新役で抱えられて間もない身の上で、内妾を置いておくと同僚たちに評判もあるから、慎まなきゃいけないんだけど、その慎みができないくらい惚れた切実な気持ちを話すが、俺は何もご新造がいるわけじゃないから、いずれは話をして表向きお前を女房にしたいと思っている」
「それは本当にうれしいです」
「なんだうれしいんじゃないのか……なんだ……本当に嬉しいと思うなら、俺に起請文を書いてくれ」
「冗談ばかりおっしゃいます。起請文なんてもの私は書いたことがないので、どう書くのかわかりませんよ」
「いや、俺の気休めと思って書いてくれ。いやでもだろうけど、それを持っておれば、お菊はこんな気持ちなんだ、最後まで俺のものだと安心できるような気持ちになれるんだよ。それが愛なんだよ、惚れるんだってば。笑うなよ」
「いいえ、笑うどころではありませんが、起請文などはご遠慮ください」
「ウム、書けないのか?それじゃあお前の気持ちが疑われるな」
「だって私は何も隠すことはありませんし、起請文を書かなくても……」
「いや、反故になってもいいから書いてくれ。硯箱をこっちに……さあ書け。文面は教えてやる……書かないと、お前の気持ちが疑われる。何かお前の心に隠していることがあるんだろう。そうでなければ早く書いてくれ」
「はい……」

原文 (会話文抽出)

「はあー……お菊先程林藏が先へ帰ったろう」
「はい、何だかも大層飲酔ってまいりまして、大変な機嫌でございましたが、も漸く欺して部屋へ遣りましたが、彼には余り酒を遣されますといけませんから、加減をしてお遣し下さいまし」
「ウム左様か、何か肴の土産を持って参ったか」
「はい、種々頂戴致しましたが、私は宜いからお前持って往くが宜い、折角下すったのだからと申して皆彼に遣しました」
「あゝ然うか、あゝー好い心持だ、何処で酒を飲むより宅へ帰って気儘に座を崩して、菊の酌で一盃飲むのが一番旨いのう」
「貴方また其様な御容子の好いことばかり御意遊ばします、私のような此様なはしたない者がお酌をしては、御酒もお旨くなかろうかと存じます」
「いや/\どうも実に旨い、はアー……だがの、菊、酔って云うのではないが表向、ま手前は小間使の奉公に来た時から、器量と云い、物の云い様裾捌き、他々の奉公人と違い、自然に備わる品というものは別だ、実に物堅い屋敷にいながら、仮令己が昇進して、身に余る大禄を頂戴するようなことになれば、尚更慎まねばならん、所がどうも慎み難く、己が酔った紛れに無理を頼んだ時は、手前は否であったろう、否だろうけれども性来怜悧の生れ付ゆえ、否だと云ったらば奉公も出来難い、辛く当られるだろうと云うので、ま手前も否々ながら己の云うことを聞いてくれた処は、夫りア己も嬉しゅう思うて居るぞよ」
「貴方また其様な事を御意遊ばしまして、あのお話だけは……」
「いゝえさ誰にも聞かする話ではない、表向でないから、もう一つ役替でも致したら、内々は若竹の方でも己が手前に手を付けた事も知っているが、己が若竹へ恩を着せた事が有るから、彼も承知して居り、織江の方でも知って居ながら聊かでも申した事はない、手前と己だけの話だが手前は嘸厭だろうと思って可愛相だ」
「あなた、何ぞと云うと其様な厭味なことばかり御意遊ばします、これが貴方身を切られる程厭で其様なことが出来ますものではございません」
「だが手前は己に物を隠すの」
「なに私は何も隠した事はございません」
「いんにゃ隠す、物を隠すというのも畢竟主従という隔てがあって、己は旦那様と云われる身分だから、手前の方でも己を主人と思えば、軽卒の取扱いも出来ず、斯う云ったら悪かろうかと己に物を隠す処が見えると云うのは、船上忠平は手前の兄だ、それが渡邊織江の家に奉公をしている、其処に云うに云われん処があろう」
「何を御意遊ばすんだか私には少しも分りません、是迄私は何でも貴方にお隠し申した事はございません」
「そんなら己から頼みがある、併し笑ってくれるな、己が斯くまで手前に迷ったと云うのは真実惚れたからじゃ、己も新役でお抱になって間のない身の上で、内妾を手許へ置いては同役の聞えもあるから、慎まなければならんのだが、其の慎みが出来んという程惚れた切なる情を話すのだが、己は何も御新造のある身の上でないから、行々は話をして表向手前を女房にしたいと思っている」
「どうも誠にお嬉しゅうございます」
「なに嬉しくはあるまい……なに……真に手前嬉しいと思うなら、己に起請を書いてくれ」
「貴方、御冗談ばかり御意遊ばします、起請なんてえ物を私は書いた事はございませんから、何う書くものか存じません」
「いやさ己の気休めと思って書いてくれ、否でもあろうが其れを持っておれば、菊は斯ういう心である、末々まで己のものと安心をするような姿で、それが情だの、迷ったの、笑ってくれるな」
「いゝえ、笑うどころではございませんが、起請などはお止し遊ばせ」
「ウヽム書けんと云うのか、それじゃア手前の心が疑われるの」
「だって私は何もお隠し申すことはありませんし、起請などを書かんでも……」
「いや反古になっても心嬉しいから書いてくれ、硯箱をこれへ……それ書いてくれ、文面は教えてやる……書かんというと手前の心が疑られる、何か手前の心に隠している事が有ろう、然うでなければ早く書いてくれ」
「はい……」


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