海野十三 『蠅男』 「――それから検事さん」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 海野十三 『蠅男』

現代語化

「――それから検事さん」
「大暖炉から出てきた死体のことは分かりましたか?」
「うん、大体分かった――」
「それはいい。あの焼死体の性別や年齢はどうでした?」
「ああ、性別は男さ。身長が175cmある。――つまり帆村荘六の死体だと思えばいい」
「検事さんも、最近は大分上手くなって、まともな言葉を使いますね」
「いや、まだまだ君には敵わないと思っているよ。――年齢は不明だ」
「歯から区別がつかなかったんですか?」
「本人の歯があれば分かるんだが、総入れ歯なんだ。総入れ歯の人間だから老人と決めてもよさそうだが、この頃は三十ぐらいで総入れ歯の人間もあるからな。現にアメリカでは二十歳になるかならずの映画女優で、歯並びをよく見せるため総入れ歯にしているのが沢山ある」
「その入れ歯を作った歯医者を調べてみれば、焼死者の身元が分かるでしょうに」
「ところが生憎と、入れ歯は暖炉の中で焼け壊れてバラバラになっているんだ」
「頭蓋骨の縫合とか、肋軟骨化骨の有無とか、焼け残りの皮膚の皺などから、年齢が推定できませんか?」
「そう、頭蓋骨も肋骨も焼けすぎている上に、硬いものに当たってバラバラに砕けているので、全体についてハッキリ見分けがつかないが、まあ三十歳から五十歳の間の人間であることだけは分かる」
「まあ、それだけでも、何かの材料になりますね。――他に、何か死体に特徴はないのですか?」
「それはやっと一つ見つかった」
「ほう、それはどんなものですか?」
「それは半焼けになった右足なんだ。その右足は骨の上に、僅かに肉の焼けこげがついているだけで、まるで骨つきの痩せた、鶏の股を炮り焼きにしたようなものだが、それに二つの特徴がついている」
「ほほう、――」
「一つは右足の親指が少し短いんだ。よく見ると、それは破傷風かなんかを患って、それで指を半分ほど切断した痕だと思う」
「なるほど、それはどの位の古さの傷ですか?」
「そうだね、裁判医の鑑定によると、まず二十年は経っているということだ」
「はあ、約二十年前の古傷ですか。なるほど」
「――で、もう一つの傷は?」
「もう一つの傷が、また妙なんだ。そいつは同じ右足の甲の上にある。非常に深い傷で、足の骨に切り込んでいる。もし足の甲の上にたいへんよく切れる鉞を落としたとしたら、あんな傷が出来やしないかと思う。傷跡は癒着しているが、たいへん手当がよかったと見えて、実に見事に癒っている。一旦切れた骨が接合しているところを解剖で発見しなかったら、こうも大変な傷だとは思わなかったろう」
「その第二の傷は、いつ頃できたんでしょう?」
「それはずっと近頃できたものらしいんだがハッキリしない。ハッキリしないわけは、手術があまりにうまく行っているからだ。そんなに見事な手術の腕を持っているのは、一体何処の誰だろうというので、問題になっておる」
「モシ、地方裁判所の村松さんと仰有るのは貴方さまですか?」
「ああ、そうですよ。何ですか」
「いま住吉警察署からお電話でございます」
「今ね、鴨下ドクトルの屋敷に、若い男女が訪ねてきたそうだ。ドクトルの身内のものだと言っているが怪しい節があるので、保護を加えてあるといっている。ちょっと行って見てくるからな。いずれまた来るよ」

原文 (会話文抽出)

「――それから検事さん」
「あの大暖炉のなかから出てきた屍体のことは分りましたか」
「うん、大体わかった――」
「それはいい。あの焼屍体の性別や年齢はどうでした」
「ああ性別は男子さ。身長が五尺七寸ある。――というから、つまり帆村荘六が屍体になったのだと思えばいい」
「検事さんも、このごろ大分修業して、テキセツな言葉を使いますね」
「いやこれでもまだ迚も君には敵わないと思っている。――年齢は不明だ」
「歯から区別がつかなかったんですか」
「自分の歯があれば分るんだが、総入歯なんだ。総入歯の人間だから老人と決めてもよさそうだが、この頃は三十ぐらいで総入歯の人間もあるからネ。現にアメリカでは二十歳になるかならずの映画女優で、歯列びをよく見せるため総入歯にしているのが沢山ある」
「その入歯を作った歯医者を調べてみれば、焼死者の身許が分るでしょうに」
「ところが生憎と、入歯は暖炉のなかで焼け壊れてバラバラになっているのだ」
「頭蓋骨の縫合とか、肋軟骨化骨の有無とか、焼け残りの皮膚の皺などから、年齢が推定できませんか」
「左様、頭蓋骨も肋骨も焼けすぎている上に、硬いものに当ってバラバラに砕けているので、全体についてハッキリ見わけがつかないが、まあ三十歳から五十歳の間の人間であることだけは分る」
「まあ、それだけでも、何かの材料になりますね。――外に、何か屍体に特徴はないのですか」
「それはやっと一つ見つかった」
「ほう、それはどんなものですか」
「それは半焼けになった右足なんだ。その右足は骨の上に、僅かに肉の焼けこげがついているだけで、まるで骨つきの痩せた、鶏の股を炮り焼きにしたようなものだが、それに二つの特徴がついている」
「ほほう、――」
「一つは右足の拇指がすこし短いのだ。よく見ると、それは破傷風かなんかを患って、それで指を半分ほど切断した痕だと思う」
「なるほど、それはどの位の古さの傷ですか」
「そうだネ、裁判医の鑑定によると、まず二十年は経っているということだ」
「はあ、約二十年前の古傷ですか。なるほど」
「――で、もう一つの傷は?」
「もう一つの傷が、また妙なんだ。そいつは同じ右足の甲の上にある。非常に深い傷で、足の骨に切りこんでいる。もし足の甲の上にたいへんよく切れる鉞を落としたとしたら、あんな傷が出来やしないかと思う。傷跡は癒着しているが、たいへん手当がよかったと見えて、実に見事に癒っている。一旦切れた骨が接合しているところを解剖で発見しなかったら、こうも大変な傷だとは思わなかったろう」
「その第二の傷は、いつ頃できたんでしょう」
「それはずっと近頃できたものらしいんだがハッキリしない。ハッキリしないわけは、手術があまりにうまく行っているからだ。そんなに見事な手術の腕を持っているのは、一体何処の誰だろうというので、問題になっておる」
「モシ、地方裁判所の村松さんと仰有るのは貴方さまですか」
「ああ、そうですよ。何ですか」
「いま住吉警察署からお電話でございます」
「いまネ、鴨下ドクトルの邸に、若い男女が訪ねてきたそうだ。ドクトルの身内のものだといっているが怪しい節があるので、保護を加えてあるといっている。ちょっと行って見てくるからネ。いずれ又来るよ」


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