岡本綺堂 『半七捕物帳』 「この親分は御用で来なすったのだから、その…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「この親分は公務で来たんだから、そのつもりで答えろよ」
「ああ、別に難しい調べをするわけじゃないんだから」
「じゃあ、早速だけど、おかみさん、あの朝、最初に戸を叩いたのは確か平七の声だったな」
「はい。庄さん、庄さんと呼んだだけでしたが、たしかに平さんの声でした」
「2番目の声はお前さんは聞かなかったんだね?」
「つい眠ってしまって……」
「この次八が答えたんだよね」
「確か親方の声だったか」
「私も半分夢中でよくわかりませんでしたが、どうも親方のようでした」
「3番目は藤次郎だな」
「はい。この時には私が起きていたのでございます」
「藤次郎は外から、おかみさん、おかみさんと呼んだのかい?」
「はい」
「ご主人がいなくなってから、平七と藤次郎は大層親切に世話をしてくれるそうだな」
「こんなことを聞くのもなんだけど」
「お前はどちらかの男のところへ再婚するつもりがあるのかい?」
「いえ、まだ35歳にもなりませんので、そんなことを考えたこともございません」
「それもそうだけど……」
「おい、あの柳の木陰に立ってるのは藤次郎じゃないのか?」
「おい、藤次郎、待て。熊、早くあいつを連れてこい、逃がすな」
「藤次郎、お前の運がいいな。はは、とぼけた顔をするなよ。平七を身代りに出して、お前は涼しい顔をしてるなんて、まず神様には済まねえだろう。伊豆屋の妻吉はどんな調べをしたか知らねえが、俺の尋問はもっと厳しいからな。こうやって聞かせたら、たいていは胸に響くだろ。どうだ、怖くなったか?」
「それはどういうご詮議でしょうか?」
「平七の件なら、この間から何度も役所に呼ばれて、全部話しましたけど……」
「伊豆屋は伊豆屋、俺は俺だ。三河町の半七は別に調べることがあるんだ。おい、藤次郎。お前の3月21日の朝、なんでここの家の戸を叩いたんだ?」
「大木戸で待ち合わせをしたので、そこに行ってみますと誰もまだ来ていませんでした。しばらく待ってましたが、庄五郎も平七も来ないので、どうしたのかと思って念のために引き返してきたんです」
「その時にここの家の戸は閉まってたな」
「はい。閉まっていたので叩きました」
「そうして、おかみさん、おかみさんと呼んだな」
「はい」
「それ、見ろ。ばか野郎」
「言ってもわかんないし、言わなくてもわかるってやつだよ」
「何がですか?」
「まだわかんねえのか?よく考えてみろよ。約束の庄五郎が来ねえってことで、ここの家へ尋ねに来たんだろ?だったら、なんで庄五郎の名前を呼ばねえんだ?まずは庄五郎の名前を呼んで、それで返事がなかったら女房の名前を呼ぶのが普通だろ。始めからおかみさん、おかみさんと呼ぶってことは、亭主がいないのを承知のはずだろ」
「亭主はお前が殺したんだんだから、ここの家にいるはずがねえ。だから、お前は女房を呼んだんだ。はは、だから悪いことはできねえんだ。いや、まだ話があるぞ。2回目にここの家の戸を叩いたのは、お前の冗談で庄五郎の声を使ったんだろ?あれは嘘で、やっぱり本当の庄五郎が戻ってきたんだろ?」
「いえ、それは……」
「黙って聞けよ。3人のうち庄五郎が一番先に出てって、その次に平七がここの家へ誘いに来たんだ。いくら待っても誰も出て来ねえんで、庄五郎は戻ってきて尋ねに来たんだけど、まだ薄暗いんで平七と途中で行き違ったんだろ。それがそもそも間違いのもとで、平七は待ちくたびれて茶店のござの中に寝込んでしまった。そこへお前が来たか、庄五郎が来たか、とにかく2人が出会って……。それから先は、俺よりお前の方がよく知ってるだろ?そうして、しらばっくれてここの家へやってきたわけだ……。どうだ、俺の観察力は磨かれてるだろ?来年から大道占い師を始めるから贔屓にしてくれ。それで、お前も最初から庄五郎を殺すつもりじゃなかったんだろうけど、目と鼻の先のござの中に平七が寝てるなんて知らねえで、来るのを待ってるうちに、場所は海辺、あたりは暗く、まだ人通りも少ないんで、ふっと悪い考えがおきたんだろう。気の毒なのは平七だよ。あいつがお前に『あの女に亭主がいなきゃ』なんてつまんねえことを言ったのが仇になって、伊豆屋の手に捕まったんだから、お前はまた悪知恵を出した。庄五郎が一度戻ってきたなんて言うと、その調査がまた面倒になると思って、実は自分が庄五郎の声を使ったんだっていいかげんなことを言って、なるべくこの事件の始末を早くつけて、罪もない平七を身代わりにするつもりだったんだろう。はは、悪い奴だ、横着な奴だ。でも、考えてみるとお前も正直者なのかもな。本来ならそんなことは知らんぷりしてても済むことだろ。余計な小細工をするから、逆に疑われることになるんだ。さあ、ありがたい坊さんがこんなに長いお説教をしてやったんだから、もう死を受け入れろ。どうだ?」

原文 (会話文抽出)

「この親分は御用で来なすったのだから、そのつもりで返事をしねえじゃあいけねえぜ」
「いや、別にむずかしい詮議をするんじゃあねえ」
「早速だが、おかみさん、あの朝、一番さきに戸を叩いたのは確かに平七の声だったな」
「はい。庄さん、庄さんと呼んだだけでしたが、たしかに平さんの声でございました」
「二度目の声はお前は聞かなかったんだね」
「つい眠ってしまいまして……」
「この次八が返事をいたしたのでございます」
「たしかに親方の声だったか」
「わたしも半分夢中でよく判らなかったんですが、どうも親方のようでした」
「三度目のは藤次郎だね」
「はい。この時にはわたくしが起きていたのでございます」
「藤次郎は外から、おかみさん、おかみさんと呼んだのかえ」
「はい」
「御亭主がいなくなってから、平七と藤次郎は大層親切に世話をしてくれるそうだね」
「こんなことを訊くのも何だが」
「お前はどっちかの男のところへ再縁する気があるのかえ」
「いえ、まだ三十五日も済みませんのですから、そんなことを考えたこともございません」
「それもそうだが……」
「おい、あの柳のかげに立っているのは藤次郎じゃあねえか」
「やい、藤次郎、待て。熊、早くあの野郎をしょびいて来い、逃がすな」
「藤次郎。貴様は運のいい奴だな。はは、とぼけた面をするな。平七を身代りにやって、てめえは涼しい顔をして澄ましていちゃあ、第一に天とう様に済むめえ。伊豆屋の妻吉はどんな調べをしたか知らねえが、おれの吟味はちっと暴っぽいからそう思え。と、こう云って聞かせたら、大抵は胸にこたえる筈だ。野郎、恐れ入ったか」
「それはどういう御詮議でございますか」
「平七の一件ならば、この間から二度も三度も番屋へ呼ばれまして、何もかも申し上げたのでございますが……」
「伊豆屋は伊豆屋、おれは俺だ。三河町の半七は別に調べることがあるんだ。やい、藤次郎。貴様は三月二十一日の朝、なんでここの家の戸を叩いた」
「大木戸で待ちあわせる約束をいたしましたので、そこへ行ってみますと誰もまだ来て居りません。しばらく待って居りましたが、庄五郎も平七も見えませんので、どうしたのかと思って念のために引っ返してまいったのでございます」
「その時にここの家の戸は締まっていたな」
「はい。締まっているので叩きました」
「そうして、おかみさん、おかみさんと呼んだな」
「はい」
「それ、見ろ。馬鹿野郎」
「問うに落ちず、語るに落ちるとはそのことだぞ」
「なぜでございます」
「まだ判らねえか。よく考えてみろ。約束の庄五郎が見えねえというので、ここの家へ尋ねに来たのなら、なぜ庄五郎の名を呼ばねえ。まず庄五郎の名を呼んで、それで返事がなかったら女房の名を呼ぶのが当りめえだ。初めからおかみさん、おかみさんと呼ぶ以上は、亭主のいねえのを承知に相違ねえ」
「亭主は貴様が押し片付けてしまったのだから、ここの家にいる筈がねえ。そこで、貴様は女房を呼んだのだ。はは、これだから悪いことは出来ねえ。いや、まだ云って聞かせることがある。二度目にここの家の戸をたたいたのは、貴様が冗談に庄五郎の声色を使ったのだということだが、そりゃあ嘘の皮で、やっぱり本物の庄五郎が引っ返して来たに相違ねえ」
「いえ、それは……」
「まあ、黙って聞け。三人のうち庄五郎が一番先に出て行って、その次に平七がここの家へ誘いに来たのだ。いくら待っても誰も出て来ねえので、庄五郎は引っ返して尋ねに来たのだが、まだ薄っ暗いので平七と途中で行き違いになったらしい。それがそもそも間違いのもとで、平七は待ちくたびれて茶店の葭簀のなかで寝込んでしまった。そこへ貴様が来たか、庄五郎が来たか、なにしろ二人が落ち合って……。それから先は、おれよりも貴様の方がよく知っている筈だぞ。そうして、白ばっくれてここの家へたずねて来た……。どうだ、おれの天眼鏡に陰りはあるめえ。来年から大道うらないを始めるから贔屓にしてくれ。そこで貴様もまさかに最初から庄五郎を葬ってしまう気でもなかったろうが、眼と鼻のあいだの葭簀のなかに平七が寝込んでいるとも知らねえで、その来るのを待っているうちに、場所は海端、あたりは暗し、まだ人通りも少ねえので、ふっと悪い料簡をおこしたのだろう。可哀そうなのは平七の野郎だ。あの女に亭主が無けりゃなんて、つまらねえことを云ったのが引っかかりになって、伊豆屋の手に引き挙げられたので、貴様はまた悪知恵を出した。庄五郎が一旦引っ返して来たなんて云うと、その詮議がまた面倒になると思って、実は自分が庄五郎の声色を使ったのだといい加減の出たらめを云って、なるべくこの一件の埒を早くあけて、罪もねえ平七を人身御供にあげてしまう積りだったのだろう。はは、悪い奴だ、横着な奴だ。だが、考えてみると貴様も正直者かも知れねえ。一体、そんなことは知らねえ顔をしていても済むことだ。なまじいに余計な小刀細工をするから、却って貴様にうたがいが懸かるとは知らねえか。さあ、ありがたい和尚様がこれほどの長い引導を渡してやったのだから、もういい加減に往生しろ。どうだ」


青空文庫現代語化 Home リスト