GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「ただ少し勘違いだったのは、前の能役者と後の若侍が、まったく無関係だったことです。普通は二人が仲良しだと思うでしょう。実際に伊藤の旦那もそう思い込んでいて、私も最初はそう判断していました。ところが全く違ったんですから面白い。能役者は金春の弟の繁二郎という男で、どうしようもない道楽者ではありますが、商売柄だけあって目利きが利くんですね。上等な仮面を見つけて、ある大名屋敷に売り込んで大儲けしようと思ったんです。ところがその目論見が外れて、売り主側から破談を言い出されてしまった。事情を聞いてみると、仕方がないような気もする。でも、せっかくの儲けを逃すのも悔しい。そこで伊藤の旦那に目をつけて、百両よこせなどと吹っかけて、最終的に75両をせしめたんです。別にゆすりとか詐欺とかいう悪い噂も立てられません」
「一方の侍の方はというと、偽名ではなく、本当に西国の藩士の根井浅五郎という人で、まじめに仮面を探しに来たんです。でも前に言った通り、年の若さからか重役たちにまず叱られ、外に出ると、仮面はすでに人手に渡っていたという始末。とりあえず破談の話を頼んでおいて、屋敷に帰って報告すると、『やっぱりだから言ったじゃないか、おまえの責任だ』とまた重役たちにひどく叱られて、浅五郎もすっかり萎縮してしまったんです。それで、次の日、150両を受け取って屋敷から伊藤の店に向かうんですが、途中、若い人間ですし、突然気持ちが変わったんです。仮面を取り戻せたとしても、重役たちに何度も厳しく叱られている以上、何らかの罰を受けるかもしれない。もしかしたら国元に送り返されるかもしれない。そうなると故郷では親戚に顔向けできないし、友達に笑われる。だったらこの150両を持って逃げてしまった方がいいんじゃないかって、いろいろ考えた結果、伊藤にも行かず、もちろん屋敷にも帰らず、そのまま姿をくらましてしまったんです。若いのに無鉄砲で、自ら日陰者になったわけですね。江戸を逃げて京都に上って、案内人頼りに何とかやっていくつもりだったらしいんですが、やっぱり江戸が恋しくなって神奈川からまた戻ってきて、目黒のあたりに隠れていたところをわけもなく捕まえられたんです」
「どうして目黒に隠れているのがわかったんですか?」
「若いということもあって、自暴自棄になってたんでしょうね。目黒から毎晩のように品川に遊びに行き、お金を派手に使っていたもので足がつきました。役人たちが少し羽目を外すような金の使い方をすれば、すぐに監視されますから」
原文 (会話文抽出)
「なに、その罪人はすぐに知れましたよ」
「しかし少々勘違いであったのは、前の能役者と後の若侍と、なんにも係り合いのないことでした。誰が考えてもこのふたりは狎れ合いだと思われましょう。現に伊藤の亭主も一途にそう思い込んでいましたし、わたくしも先ずそうだろうと鑑定していました。ところが大違いだからおかしい。能役者の方は金春の弟の繁二郎という男で始末におえない道楽者ではあるが、商売柄だけにさすがに眼がきいているので、上作の仮面を見つけ出して、ある大名屋敷へ売り込んで大金儲けをしようと思った。ところがその目算がはずれて売り主の方から破談を云い出された。その事情を聴いてみると、どうしても忌だとも云えない。さりとて、折角の金儲けを水にしてしまうのも口惜しい。そこで伊藤の亭主の足もとへ付け込んで、百両よこせなどと大きく吹っかけて、とうとう七十五両をまきあげて行ったというわけで、別にゆすりとか騙りとかいう悪名をきせることも出来ないのです。それから一方の侍は何者かというと、これも偽名ではなく、まったく西国の藩中の根井浅五郎という人で、正直に仮面をさがしに来たのです。しかし前にも云った通り、年のわかい手ぬかりから重役達に先ず叱られ、それからすぐに出てくると、仮面はもう人手に渡っているという始末。ともかくも一方の破談をたのんで置いて、屋敷へ帰って報告をすると、それだから云わぬことか、お手前重々の不念であるといって、重役たちから又もや手ひどく叱られたので、浅五郎もいよいよ恐縮してしまったのです。そこで、その翌日、百五十両の金を受け取って、屋敷から伊藤の店へ行く途中で、そこが若い人間、ふっと気が変った。というのは、たといその仮面を無事に取り戻して来たとしても、一度ならず二度までも重役たちに厳しく叱られている以上、なにかの咎めを受けるかも知れない。あるいは国詰めを云い付けられて藩地へ追い返されるかも知れない。そんなわけで藩地へ帰れば、親類には面目ない、友だちには笑われる。いっそ此の百五十両を持って逐電してしまった方がましかも知れないと途中でいろいろ考えた挙げ句に、とうとう伊藤へも行かず、もちろん屋敷へもかえらず、そのまま姿をかくしてしまったのです。若いとは云いながら無分別、自分から求めて日かげ者になって、その足で京へのぼって、しるべの人をたよって何とか身の振り方をつける積りであったそうですが、やっぱり江戸に未練があって、神奈川からまた引っ返して来て、目黒の在にかくれていたところを訳も無しに召し捕りました」
「どうして、その目黒に忍んでいることが知れたんです」
「なにしろ若い人間ですし、いくらか自棄が手伝ったんでしょう。目黒から毎晩のように品川へ遊びに行って、金づかいの暴っぽいところから足が付きました。屋敷者なんぞがちっと暴い銭をつかえば、すぐに眼をつけられますよ」