岡本綺堂 『半七捕物帳』 「ここの店には内風呂があるんですか」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「風呂って内湯あるの?」
「ございます。従業員は銭湯に行きますが、女将は奥で内湯に入ります」
「最近、お風呂壊れなかった?」
「よくご存知で……」
「風呂が古いんで、時々壊れちゃって。去年の暮れにも一度壊れて、四、五日前にもまた壊れちゃって、大工がまだ来てくれなくて困ってるんです」
「風呂が壊れてる間は、女将さんも銭湯に行くんでしょ?」
「はい。町内の銭湯にも行きます」
「あのさ、前にお菓子貰ったの覚えてる?備前屋の娘さんも綺麗だったよなぁ」
「あれに彼氏いる?」
「知りませんよ」
「知らないわけないじゃん」
「橋場の親戚の家に行ってるんじゃ?熊が出るとか訳の分からないこと言って、娘をまた橋場に行かせようとしてるんでしょ。火事が縁結びなんて、まるで八百屋お七だ。自分の家に火つけないだけマシよ。しかもその味方ぶって誘い出す奴もいるし」
「去年の暮れに、備前屋の風呂が壊れた時、娘さんはこっちの風呂来たんだって?」
「その時に背中流したの?」
「顔が綺麗で、年頃の箱入娘の肌なんて最高だったろうな。そりゃあ納得だ。命がけで熊と揉み合うのも無理ないな。助けた娘が橋場にいる間に向こうに男が出来た。家に戻ってもやっぱり橋場が恋しくて、仮病使って熊が出るとか騒いでる。でも作戦がうまくいかなくて、娘も焦ってるんだろ。そしたらまた風呂が壊れた。それでまたこっちの風呂に来て、背中こすりながらうまい話持ちかけたんだろ。『橋場までご案内しましょうか』とか『橋場の人をご紹介しましょうか』とか親切ぶって。若い娘だから舞い上がっちゃって、昨日そっと家を出たら、外に奴が待ってたんだ……。そのあとは知らないな。勘蔵、お前にばっか喋らせないで、なんで黙ってんの?前座はこのくらいにして、後は大御所に頼むよ」
「ここまでくれば、もうほとんど終わりですよ」
「勘蔵の自白によると、去年の暮れに備前屋の娘の肌を見た時は、まだ何をしようとは思ってなかったんですが、火事の後片付けで娘さんが橋場の親戚に避難してる間に、その店の若い人とできてしまった。何も知らない両親は娘さんの仮病を心配して、もう一度橋場に帰そうとしたんですが、結局そのままになってしまった。すると店の者に、どこからか橋場の一件を知ってる人がいて、それが男湯に来た時に勘蔵にうっかり喋っちゃって、勘蔵は急に機嫌が悪くなった。そこへタイミングよく風呂がまた壊れて、娘さんが銭湯に来たので、勘蔵は我慢できなくなって、背中を流しながら誘い出したんです」
「娘さんは一人で女湯に入ったんですか?」
「いえ、女中さんがいました。でも女中が脱衣所で知り合いと喋ってる間に、勘蔵がひそひそ娘さんに吹き込んだんです。娘さんももう少し仮病を続けてればよかったんでしょうけど、だんだん暑くなってきたので、我慢できなくなって銭湯に行ったのが運の尽きです。橋場まで案内すると言って嘘をついて、夜中に誘い出して、勘蔵は品川にいる自分の友人の家に連れ込もうとしたんですが、橋場と品川は真逆の方向なので、いくら世間知らずの娘でも少し怪しいと思ったようで、途中でぐずぐず言い出したので、勘蔵もだんだんイライラして、無理矢理引きずっていこうとしたんです。娘さんは怖くなって、叫んで逃げ出しました。そしたら勘蔵はおかしくなっちゃって、言うことを聞かないなら脅かして犯そうと思って、持ってた小刀を出して、いっそ殺しちゃえと思って娘さんの胸を刺しちゃったんです。自分も自分も一緒に死のうと思ったんですが、六三郎と百助が駆けつけたので、急に怖くなって逃げ出したそうです」
「じゃあ、熊の胆を盗んだのは誰なんですか?」
「これは長くなるので簡単に言うと、熊の死骸から胆を盗んだのは備前屋の番頭の四郎兵衛でした。昼間に六三郎から埋め場所を聞いておいたので、夜になるのを待って忍んで行って、一番に胆を奪ったんです。本当に悪い奴でした。それがバレて四郎兵衛も捕まりましたが、品川の伝吉という男だけは姿をくらましました。裁判の結果、勘蔵は死刑、六三郎、百助、四郎兵衛は三人とも同じ罪になりました。昔は火事場泥棒は重い罪でしたが、盗んだのが家具や布団じゃなくて熊の死骸だったので、罪が軽くなって、確か追放されただけだったと思います」

原文 (会話文抽出)

「ここの店には内風呂があるんですか」
「ございます。店の者は車湯へまいりますが、奥では内風呂にはいります」
「この頃に風呂の傷んだことはありませんかえ」
「よく御存じで……」
「風呂が古いもんですから、ときどきに損じまして困ります。昨年の暮にも一度損じまして、それから四、五日前にもまた損じましたが、出入りの大工がまだ来てくれないので困って居ります」
「風呂が傷んでいる間は、奥の人たちも車湯へ行くんでしょうね」
「はい。よんどころなく町内の銭湯へまいります」
「おい、この間はありがとう。ときに少し用があるから、そこまで一緒に来てくれ」
「へえ。どちらへ……」
「どこでもいい。当分は帰られねえかも知れねえから、おかみさんに暇乞いでもして行け」
「このあいだお前に貰った干菓子も綺麗だったが、備前屋の娘も綺麗だったな」
「あの娘には情夫でもあるかえ」
「存じません」
「知らねえことがあるもんか」
「橋場の親類の家にいるじゃあねえか。熊が出るなんて詰まらねえ囈言を云って、娘はもう一度橋場へやって貰おうという算段だろう。火事が取り持つ縁とは、とんだ八百屋お七だ。自分の家へ火をつけねえのが見付け物よ。又その味方になる振りをして誘い出す奴も誘い出す奴だ」
「去年の暮に、備前屋の内風呂が傷んだので、娘はおまえの湯へ来たそうだな」
「そのときにお前が背中を流してやったか。容貌は好し、年ごろの箱入り娘の肌ざわりはまた格別だからな。とんでもねえ粂の仙人が出来上がったものだ。なるほど命賭けで荒熊にむしり付くのも無理はねえ。折角助けた娘は橋場へ行っているあいだに、向うで男が出来てしまった。家へ帰ってもやっぱり橋場が恋しいので、仮病をつかって熊が出るなんて騒いでいる。しかしその計略がうまく運ばないので、娘もひとりで焦れ込んでいるうちに、内風呂がまた傷んだ。ねえ、そうだろう。そこで又お前の湯へやってくると、粂の仙人が背中をこすりながら旨い相談を持ちかけた。わたくしが橋場へ御案内しましょうかとか何とか親切振って云ったもんだから、若けえ娘はあと先みずに欺されて、ゆうべそっと家をぬけ出すと、外に待っていた奴があって……。それから先はおれも知らねえ。おい、勘蔵。おれにばかりしゃべらせて、なぜ黙っているんだ。前座はこのくらいで引きさがるから、あとは真打に頼もうじゃあねえか」
「ここまで漕ぎ付ければ、この話も大抵おしまいです」
「勘蔵の白状によると、前の年の暮に備前屋の娘の綺麗な肌をみたときには、まだどうしようというほどの煩悩も起らなかったのですが、火事の後片付けの済むまで娘は橋場の親類へ立ち退いているうちに、そこの店の若い者と出来合ってしまった。なんにも知らない親たちは娘の仮病を心配して、もう一度橋場へやろうかと云っていたが、やっぱり其の儘になっていると、店の者のうちに何処からどうして聞き出したのか橋場の一件を知っている者があって、それが男湯へ来た時に勘蔵にうっかりしゃべったので、勘蔵は急に気を悪くした。そこへちょうど風呂がまた毀れて、娘が車湯へはいりに来たので、勘蔵はもうたまらなくなって、その背中を流しながらうまく誘い出したんです」
「娘はひとりで女湯へ来たんですか」
「いいえ、一人じゃありません。女中が一緒に付いて来たんですが、こいつが柘榴口の中で町内の人と何かおしゃべりをしている間に、勘蔵がこっそりと娘の耳へ吹き込んでしまったんです。娘ももうちっと仮病をつかっていれば、なんにも間違いはなかったのかも知れませんが、陽気もだんだん暑くなって来るので、もう我慢が出来なくなって、うっかり車湯へ出て行ったのが運の尽きです。橋場へ案内してやると嘘をついて、夜ふけに娘を誘い出して、勘蔵は品川にいる自分の友達の家へ連れ込もうとしたんですが、橋場と品川ではまるで方角が違うので、なんぼ世間知らずの娘でも少し変に思ったらしく、途中でぐずぐず云い出したので、勘蔵もだんだんじれ込んで、無理無体に娘を引き摺って行こうとすると、娘はいよいよ怖くなって、声をあげて逃げ出すという始末。いや、こうなるとおそろしいもので、勘蔵はもう逆上せてしまったんです。もし云うことを聞かないときには嚇かして手籠めにする積りで、隠して持っていた小刀をいきなり抜いて、いっそひと思いにと娘の胸をえぐってしまった。勿論、自分も一緒に死ぬ気であったが、そこへ六三郎と百助が駈けて来たので、急に怖くなって逃げ出したというわけです」
「そこで、その熊の胆を盗み出したのは誰だか判らないのですか」
「この方のお話をすると長くなりますから、手っ取り早く申し上げると、熊の死骸を掘り出して熊の胆を盗んだ奴は、備前屋の番頭の四郎兵衛でした。昼間のうちに六三郎から死骸を埋めた場所を聞いて置いたので、日の暮れるのを待って忍んで行って、ひと足さきにその熊の胆を占めてしまったのです。いや、どうも悪い奴で……。それが露顕して、四郎兵衛もとうとう召し捕られましたが、品川の伝吉という奴だけはどこへか姿をかくしてしまいました。吟味の上で、勘蔵は無論に獄門、六三郎と百助と四郎兵衛は三人同罪ということになりました。今と違って、火事場どろぼうは重い処刑になるんですが、盗んだ品が箪笥長持や夜具蒲団のたぐいでなく、なにしろ熊の死骸というのですから、罪も大変に軽くなって、たしか追放ぐらいで落着したように聞いています」


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