岡本綺堂 『半七捕物帳』 「早速だが、善八。これからすぐにお台場へ行…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「善八、急いでお台場に行って、人入れの人足部屋を掃除してくれ。俺も今まで気づかなかったけど、あの伝蔵って野郎、お台場人足に紛れてるかも。どうせ長生きはできない奴だ。流行りの歌にあるように、死ぬには運搬仕事が一番いいし、命がけで荒稼ぎして、美味い酒でも飲んでるんだろう」
「なるほど、そういうことかもしれません。じゃあ、行ってきます」
「話はこのくらいで」
「なんで早く気づかなかったのか、今でも不思議です。お台場の一朱銀はいつも見てるのに、何も気づかずに過ごして、急に思いついてから、とントン拍子にうまく進んでるのも不思議です。自分の知恵じゃないみたい、神か仏に教えられたような気がしますよ」
「伝蔵は人足になっていたんですか?」
「数百人いる人足の中に、監督する人入れの組がいくつかあって、そこを調べればいいんです。伝蔵は芝の人入れの清吉の組に紛れてました。大勢の人足を使うから、どこも一人一人身元調査なんてしてられません。手足が揃ってれば働きたいって言えば、どんどん働かせるから、伝蔵みたいな奴には隠れ家にはもってこいでした。早く気づかなかったのは俺のミスで、申し訳ない」
「清吉の組に怪しい奴がいることはわかったけど、善八は伝蔵の顔を知らないから、麹町の飼葉屋の直七を連れて行って、こっそり見てもらって、間違いなく伝蔵だと。それで、俺が清吉に頼んで、伝蔵を逃がさないように気をつけといてもらいました。もう追い詰めたも同然です」
「それで、仇討ちはどうなったんですか?」
「仇討ちのいきさつは……。大げさに話すと長くなるから、簡単に言うと、7月12日の午前8時に笹川の鶴吉は直七と一緒に高輪に行きます。鶴吉は吉良の脇指を風呂敷に包んでました。約束通り、二人は海辺の茶屋で待機。俺は善八と松吉を連れて清吉の小屋に行くと、約束通り伝蔵を小屋から叩き出します。表に出たところで、俺たちが取り押さえましたけど、すぐには縄をかけないで、善八と松吉が伝蔵の両腕を抑えて、鶴吉が待ってる茶屋まで引きずっていきました。俺もあとから付いて行って、さて、伝蔵、覚悟しろ。笹川の鶴吉さんが主人と姉の仇を取るって言うと、善八と松吉は伝蔵の腕を離しました。こうなったら仕方ねえ。潔く覚悟を決めてやられればいいのに、伝蔵は両手を縛かれたのをいいことに、急いで逃げ出そうとする。そこで鶴吉が飛びかかって、脇指で背中から突き刺しました。芝居なら、俺が座頭役で、白い扇子を開いて「見事、見事」って褒め称えるところ。俺もそれでスッキリしました。仇討ちを終えて、鶴吉は直七と一緒に役所へ自首しました。俺たちが一緒に行くと面倒なことになるから、鶴吉一人の仇討ちってことに。俺たちは茶屋で少し休憩してから撤収しました。さっきも言ったように、この仇討ちはちょっと無理があったから、後がどうなるか心配でしたが、伝蔵の罪は明白だったから、上も目をつぶったんでしょう。案外あっさり済みました」
「その脇指はどうなったんですか?」
「笹川の家から福田の屋敷の菩提寺、光隆寺に納めたらしいけど、その後どうなったかは知りません。考えてみると、仇討ちがあった高輪は泉岳寺の近くで、脇指は吉良のもの。縁が縁を呼んでるようで、知らない人が聞いたら、作り話みたいと思うかもしれません」

原文 (会話文抽出)

「早速だが、善八。これからすぐにお台場へ行って、人入れの人足部屋を洗ってくれ。おれも今まで気がつかなかったが、例の伝蔵の奴め、お台場人足のなかにまぎれ込んでいるかも知れねえ。どうで長げえ命はねえ奴だ。このごろ流行る唄じゃあねえが、死ぬにゃ優しだよ土かつぎと度胸を据えて、命がけで荒れえ銭を取って、うめえ酒の一杯も飲んでいるような事がねえとも云えねえ」
「成程そんなことかも知れません。じゃあ、早速行って来ます」
「お話は先ずここらで打ち留めでしょう」
「なぜ早くに気がつかなかったかと、今でも不思議に思うくらいです。お台場の一朱銀なぞは始終見ているくせに、なんにも気がつかずに過ごしていて、ふいと思い付くと、それからとんとんと順序好く運んで行くのも妙です。こうなると、自分の知恵じゃあない、神か仏が知恵を貸してくれたようにも思われますよ」
「伝蔵は人足になっていたんですか」
「何百人の人足がはいっているのですが、それを監督する人入れの組々がありますから、それについて調べれば判るわけです。伝蔵は芝の人入れの清吉の組にもぐり込んでいました。なにしろ大勢の人足を使うのですから、どこの人入れでも一々その身許詮議などをしちゃあ居られません。手足の満足な人間が使ってくれと云って来れば、構わずにどしどし働かせるのですから、伝蔵のような奴の隠れ家にはお誂え向きで、そこに早く気がつかなかったのは半七が重々の手ぬかり、まことに申し訳がありません。 清吉の組にそれらしい奴のいることを調べ出したが、善八は伝蔵の顔を知りませんから、麹町の飼葉屋の直七を連れて行って、そっと首実検をさせると、確かに伝蔵に相違ないと云うのです。そこで、わたくしから清吉に掛け合いまして、伝蔵を逃がさないように用心させて置きました。もうこうなれば、生洲の魚です」
「そこで、かたき討ちの様子は……」
「かたき討ちの様子……。物語らんと座を構えると、事が大仰になりますが、まあ掻いつまんで申し上げれば、その日は七月十二日、朝の五ツ時(午前八時)に笹川の鶴吉は直七附き添いで高輪へ出て来る。鶴吉は吉良の脇指を風呂敷につつんでいました。かねて打ち合わせがしてありますから、二人は海辺の茶屋に休んで待っている。わたくしは善八と松吉を連れて、清吉の小屋へ出て行きますと、これも打ち合わせがありますから、小屋からは伝蔵を叩き出す。そうして表へ出たところを、わたくし共が寄って取り押さえまして、しかしすぐには縄をかけないで、善八と松吉が伝蔵の両腕を取って、鶴吉の待っている茶屋の前まで引き摺って行きました。わたくしもあとから付いて行って、さあ、伝蔵、覚悟しろ。笹川の鶴吉さんが主人と姉のかたき討ちをするのだと云うと、善八と松吉は捉えていた両手を放してやりました。 こうなったら仕方がない。尋常に覚悟をきめて立派に討たれてやればいいのに、伝蔵は両手をゆるめられたのを幸いに、忽ち摺り抜けて逃げ出そうとする。そこへ鶴吉が飛びかかって、例の脇指で背中から突き透しました。芝居ならば、わたくしが座頭役で、白扇でも開いて見事見事と褒め立てようと云うところです。わたくしもまあ、これで重荷をおろしたような気になりました。 かたき討ちを首尾よく済ませた上で、鶴吉は直七附き添いで番屋へ訴え出ました。わたくし共が付いて行くと事面倒ですから、あくまでも鶴吉ひとりの仇討ということにして、わたくし共は茶屋にひと休みして引き揚げました。前にも申す通り、このかたき討ちには少し無理がありますから、あとの始末がどうなるかと案じていましたが、なにしろ伝蔵の罪科明白なので、上にも相当の手心があったのでしょう。案外無事に済みました」
「その脇指はどうなりました」
「なんでも笹川の家から福田の屋敷の菩提所、光隆寺へ納めたとか聞きましたが、それからどうなったか知りません。考えてみると、かたき討ちの場所は高輪で、例の泉岳寺の近所、脇指は吉良の物、どこまでも縁を引いているのも不思議で、訳を知らない人が聞いたら、こしらえ話のように思うかも知れません」


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