岡本綺堂 『半七捕物帳』 「何だか嚇かされているじゃあねえか。宮戸川…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「なんだかビビらせてるみたいだな。宮戸川のお光が縄で縛られたら、泣く人がたくさんいるだろ。なんとか助けてやりたいもんだなぁ」
「おい、お光。俺は幸次郎みたいにビビらせたりしねぇ」
「女の子を脅かして白状させたって、役人の名が汚れるだけだ。俺は静かに話して聞かせるんだ。そのつもりで、まぁ聞け。宮戸川のお光には最近いい男ができて、本人もうれしいし、お母さんも喜んでる。ところが、その男には嫁さんがいる。これがいつものようにやきもちを焼いて、いろいろごたごたがあるんだ。その末に、嫁さんは2晩前にこの大川に飛び込んだ。亭主も嬉しい気分じゃねぇから、毎日この川を見に来る。お光も寝つきが悪いから、もしかしたらその枕元に嫁さんの幽霊でも出たりするのかもしれんねぇ。それで自分も大川に来て、誰にも知られずに南無阿弥陀仏か南無妙法蓮華経を唱えてるんだ。話の流れはだいたいこんな感じだ。占い師はどんな卦を立てたかわかんねぇけど、俺の千里眼の方が確実なはずだ。おい、どうだ。俺にも少し見料を出してもいいだろ?」
「恐れ入りました」
「おい、幸」
「恐れ入りましたって言ってるんだから、弱い者いじめをしちゃいけねぇ。これからはお互い仲良くするんだ。そこで、お光。その男ってどこの人だ?」
「田町です」
「浅草の田町だな?」
「はい。袖摺稲荷の近くで……」
「なんて名前で、何の商売をしてるんだ?」
「宗兵衛って言って、お金を貸す商売をしてます。主に吉原に通ってる人に貸してるんだそうです……」
「じゃ、小金貸しってことか。身分はいいんだろ?」
「よく知りませんが、不自由はしてないようです」
「お前は宗兵衛の奥さんを知ってるのか?」
「知ってます」
「私の家に何度も来たことがありますので……」
「お前の家はどこだ?」
「馬道の路地の中です」
「奥さんは何しに来たんだ?暴れたのか?」
「旦那を迎えに……。最初は旦那も素直に帰ったんですが、最後には喧嘩を始めて……。お母さんも、私も困ったんですよ。この2晩前も、旦那がよっぽど酔ってる時に、奥さんが押し掛けて来て、結局大喧嘩になっちゃって……。旦那は奥さんを突き倒して、めちゃくちゃに蹴ったり踏んだりするので、私たちもいられなくなって仲裁に入って、とにかく奥さんをなだめて外へ連れ出そうとしたんですけど、奥さんはもう半ば気違いみたいになってて、鬼みたいな顔で旦那を睨んで、この野郎、覚えてろよ、私が死んでも、蝋燭がしゃべるぞ……」
「蝋燭がしゃべるぞ……。奥さんがそんなこと言ったんだな?」
「言いました」
「そして、私たちを突き飛ばして、裸足で外へ飛び出してしまいました。旦那は平然と冷笑して、あいつは夏のせいでちょっと気がふれてるんだ。そんな気違いに構うな、構うなって言って、相変わらず酒を飲んでましたが、そのうち急に気がついたみたいにして、急用を思い出したからすぐ帰ると言って、雨が降る中を帰って行きました」
「それは何時頃だ?」
「弁天山の4つが鳴る前でした」
「その後、宗兵衛はお前の家に顔を見せたか?」
「一度も来ていません」
「仮橋から身を投げたのは宗兵衛の奥さんだってことを、お前はどうして知ってるんだ?」
「さっき言った通り、あの晩奥さんが出て行く時、私が死んでも蝋燭がしゃべるぞ……。それが耳に残ってたんですよ。それで、昨日この川で上がった女の死体が、金の蝋燭を持ってたって噂になって、その年格好もちょうど同じくらいだから、きっと旦那の奥さんに違いないって、お母さんはすごく心配してるんです。私も気になってしょうがないから、その様子を聞きながらここに来て、占い師に占ってもらったら、あなたには死霊が祟っていると告げられたので、いよいよゾッとしました」
「宗兵衛は江戸っ子か?」
「いいえ、どっか東海道の方に長くいたようで、大井川の話なんかしたことあります。江戸へは一昨年の春頃から来たそうです」

原文 (会話文抽出)

「何だか嚇かされているじゃあねえか。宮戸川のお光が縄付きになったら、泣く人がたくさんあるだろう。なんとか助けてやりてえものだな」
「おい、お光。おれは幸次郎のように嚇かしゃあしねえ」
「若い女をおどしにかけて白状させたと云われちゃあ、御用聞きの名折れになる。おれはおとなしくおめえに云って聞かせるのだ。その積りで、まあ聴け。宮戸川のお光には此の頃いい旦那が出来て、当人も仕合わせ、おふくろも喜んでいる。ところが、その旦那には女房がある。これがお定まりのやきもちで、いろいろのごたごたが起る。その挙げ句の果てに、女房は二日の晩にこの大川へ飛び込んだ。亭主もいい心持はしねえから、毎日この川へ覗きに来る。お光も寝覚めが悪いから、ひょっとすると、その枕もとへ女房の幽霊でも出るのかも知れねえ。そこで自分も大川へ来て、人に知れねえように南無阿弥陀仏か南無妙法蓮華経を唱えている。話の筋はまあこうだ。大道占いはどんな卦を置いたか知らねえが、おれの天眼鏡の方が見透しの筈だ。おい、どうだ。おれにも幾らか見料を出してもよかろう」
「恐れ入りました」
「おい、幸」
「恐れ入りましたと云う以上は、弱い者いじめをしちゃあいけねえ。これからはお互いに仲良くするのだ。そこで、お光。その旦那というのは何処の人だ」
「田町でございます」
「浅草の田町だな」
「はい。袖摺稲荷の近所で……」
「なんという男で、何商売をしている」
「宗兵衛と申しまして、金貸しを商売にして居ります。おもに吉原へ出入りをする人達に貸し付けているのだそうで……」
「じゃあ、小金を貸しているのだな、身上はいいのか」
「よくは知りませんが、不自由は無いようでございます」
「おめえは宗兵衛の女房を知っているのか」
「知って居ります」
「あたしの家へ幾度も来たことがありますので……」
「おめえの家はどこだ」
「馬道の露路の中でございます」
「女房が何しに来た。暴れ込んで来たのか」
「旦那を迎えに……。初めのうちは旦那も素直に帰ったんですが、しまいには喧嘩を始めて……。おっ母さんも、あたしも困ったことがあります。この二日の晩にも、旦那がよっぽど酔っているところへ、おかみさんが押し掛けて来て、とうとう大喧嘩になってしまって……。旦那はおかみさんを引き摺り倒して、乱暴に踏んだり蹴ったりするので、あたし達もみかねて仲へはいって、ともかくもおかみさんを宥めて表へ連れ出そうとすると、おかみさんはもう半気違いのようになっていて、鬼のような顔をして旦那を睨んで、この野郎め、おぼえていろ、あたしが死んでも、蝋燭が物を云うぞ……」
「蝋燭が物を云うぞ……。女房がそんなことを云ったのか」
「云いました」
「そうして、あたし達を突きのけて、跣足で表へ駈け出してしまいました。旦那は平気で冷ら笑って、あいつは陽気のせいでちっと取り逆上せているのだ。あんな気違いに構うな、構うなと云って、相変らずお酒を飲んでいましたが、そのうちにふいと気がついたように、急ぎの用を思い出したから直ぐに帰ると云い出して、雨の降るなかを帰って行きました」
「そりゃあ何刻だ」
「弁天山の四ツがきこえる前でした」
「その後に宗兵衛はおめえの家へ顔を見せたか」
「一度も来ません」
「その仮橋から身を投げたのは宗兵衛の女房だということを、おめえはどうして知っているのだ」
「今も申す通り、あの晩おかみさんが出て行く時に、あたしが死んでも蝋燭が物を云う……。それが耳に残っているところへ、きのうこの川で揚がった女の死骸は、金の蝋燭をかかえていたという評判で、その年ごろも丁度おなじようですから、きっと旦那のおかみさんに相違ないと、おっ母さんは大変に心配しているんです。あたしも気になって堪まりませんから、その様子を聞きながらここへ来て、占い者に見て貰いますと、おまえさんには死霊が祟っていると云われたので、いよいよぞっとしてしまいました」
「宗兵衛は江戸者かえ」
「いいえ、なんでも東海道の方に長くいたそうで、大井川の話なんぞをした事があります。江戸へは一昨年の春頃から出て来たということです」


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