岡本綺堂 『半七捕物帳』 「和泉屋の若旦那は、師匠、おまえさんの子か…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「イズミヤの若旦那は、師匠、あなたの息子ですか?」
「はい」
「ふうん。それは初めて聞いた。じゃあ、あの若旦那は今のママさんの子じゃないんですね」
「かくたろうは私の息子です。こう言ってもわからないでしょうが、今からちょうど20年前のことです。私がナカバシの近くでやはり常磐津の師匠をしてた頃、イズミヤの旦那が時々遊びに来て、その世話になってるうちに、私はその翌年に男の子を産みました。それが今回亡くなったかくたろうで……」
「じゃあ、その男の子をイズミヤが引き取ったんですね」
「はい。イズミヤのママさんがそのことを聞いて、ちょうど子供がいなかったから引き取って自分の子供にしたいと……。私も手放すのは惜しかったんですが、向こうに引き取られれば立派な店の跡取りになれる。つまり本人の出世にもなることと思って、生後すぐにイズミヤの方へ渡しました。で、こういう親がいると世間に知れたら困るし、本人のためにもならないということで、私はそれなりの金をもらって、息子とは一生縁を切ることになりました。それからシタヤの方へ引っ越して、今でもこの商売を続けていますが、やっぱり親子なので、1日も生みの子のことを忘れたことはありません。息子は立派な若旦那になったと評判を聞いて、私も陰ながら喜んでいました。なのに、こんなひどい事件が起きて……。私はもう気が狂いそうでした」
「へえ。そんな事情があったんですか。私は全く知りませんでした」
「それにしても、若旦那が亡くなったのは不慮の事故で、誰を恨むわけにもいかないと思うんですが……。それともそこには何か理由があるんですか?」
「はい、あります。ママさんが殺したんです」
「ママさんが……。落ち着いて理由を話してください。若旦那を殺すほどなら、最初から自分の方へ引き取らないでしょう……」
「かくたろうがイズミヤに引き取られて5年後に、今のママさんが女の子を産みました。お照と言って今年15になります。ねえ、親分。ママさんの立場なら、かくたろうが可愛いですか。自分の産んだ娘が可愛いですか。かくたろうに家督を継がせたいですか。お照に相続させたいですか。普段はどんなにいい顔をしていても、人間の心は鬼です。邪魔になるかくたろうをどうにかして亡き者にすることくらいは考えるでしょう。しかもかくたろうは旦那の隠し子ですもの、心の奥底には女性の嫉妬も多分に混ざってるでしょう。そんなことをいろいろ考えると、ママさんが自分でやるか人にやらせるかはわかりませんが、楽屋がゴタゴタしている隙に、本物の刀といれ替えておいたと考えても、私の考えすぎでしょうか。それともただの邪推でしょうか。親分、あなたはなんてお考えになりますか」

原文 (会話文抽出)

「和泉屋の若旦那は、師匠、おまえさんの子かい」
「はい」
「ふうむ。そりゃあ初めて聞いた。じゃあ、あの若旦那は今のおかみさんの子じゃあないんだね」
「角太郎はわたくしの伜でございます。こう申したばかりではお判りになりますまいが、今から丁度二十年前のことでございます。わたくしが仲橋の近所でやはり常磐津の師匠をして居りますと、和泉屋の旦那が時々遊びに来まして、自然まあそのお世話になって居りますうちに、わたくしはその翌年に男の子を産みました。それが今度亡くなりました角太郎で……」
「じゃあ、その男の子を和泉屋で引き取ったんだね」
「左様でございます。和泉屋のおかみさんが其の事を聞きまして、丁度こっちに子供が無いから引き取って自分の子にしたいと……。わたくしも手放すのは忌でしたけれども、向うへ引き取られれば立派な店の跡取りにもなれる。つまり本人の出世にもなることだと思いまして、産れると間もなく和泉屋の方へ渡してしまいました。で、こういう親があると知れては、世間の手前もあり、当人の為にもならないというので、わたくしは相当の手当てを貰いまして、伜とは一生縁切りという約束をいたしました。それから下谷の方へ引っ越しまして、こんにちまで相変らずこの商売をいたして居りますが、やっぱり親子の人情で、一日でも生みの子のことを忘れたことはございません。伜がだんだん大きくなって立派な若旦那になったという噂を聴いて、わたくしも蔭ながら喜んで居りますと、飛んでもない今度の騒ぎで……。わたくしはもう気でも違いそうに……」
「へええ。そんな内情があるんですかい。わたしはちっとも知らなかった」
「それにしても、若旦那の死んだのは不時の災難で、誰を怨むというわけにも行くめえと思うが……。それとも其処にはなにか理窟がありますかえ」
「はい、判って居ります。おかみさんが殺したに相違ございません」
「おかみさんが……。まあ落ち着いて訳を聞かしておくんなせえ。若旦那を殺すほどならば、最初から自分の方へ引き取りもしめえと思うが……」
「角太郎が和泉屋へ貰われてから五年目に、今のおかみさんの腹に女の子が出来ました。お照といって今年十五になります。ねえ、親分。おかみさんの料簡になったら、角太郎が可愛いでしょうか。自分の生みの娘が可愛いでしょうか。角太郎に家督を譲りたいでしょうか。お照に相続させたいでしょうか。ふだんは幾ら好い顔をしていても、人間の心は鬼です。邪魔になる角太郎をどうして亡き者にしようか位のことは考え付こうじゃありませんか。まして角太郎は旦那の隠し子ですもの、腹の底には女の嫉みもきっとまじっていましょう。そんなことをいろいろ考えると、おかみさんが自分でしたか人にやらせたか、楽屋のごたごたしている隙をみて、本物の刀と掏り替えて置いたに相違ないと、わたくしが疑ぐるのが無理でしょうか。それはわたくしの邪推でしょうか。親分、お前さんは何とお思いです」


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