岡本綺堂 『半七捕物帳』 「おい、松。ここでいつまで悩んでいても仕方…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「おい、松。ここでいつまで悩んでてもダメだ、さっさと写真屋に帰ろうぜ」
「しゃべりすぎると長くなっちゃうから、そろそろこの辺にしときましょう」
「お角はどうなった?」
「もちろん、捕まえたよ。お角は本所一つ目の美容師・お留の2階に隠れてた。桶を運び出したのは、お留の息子・くにぞうと相長屋のジンパチって奴で、くにぞうはお角と関係があったんだ。前に言った通り、お角は神原屋敷の馬丁とつき合ってて、その馬丁のへいきちが捕まると、すぐにくにぞうって新しい男を見つけ出す。さらに写真屋シマダとも関係してる。外国人のハリソンにも食事を出したりして、とにかく乱れ放題で話になりません。くにぞうは小博奕を打つような奴で、ジンパチも同じ仲間だ。この2人がお角に頼まれて、シマダの死体を桶に入れて、押上あたりの寺に運ぼうとしたんだけど、日が暮れた頃に出発したところ、横網の河岸で多吉に出くわした。多吉はよく覚えてなかったけど、くにぞうの方は多吉の顔を知ってて、ここで見咎められたら大変だって思ったんだ……。根っからの悪党じゃないから、慌てて桶を大川に投げ込んで逃げ出した。そんなことすればますます怪しまれるんだけど、度胸のない奴が焦ると、たいていこんな失敗をするんだ。2人とも小心者だから、多吉に睨まれたと思ったら、自分の家にも帰れなくなって、その後は深川の友達の家に泊まり歩いてたみたい。でも、お角は図々しい女で、平気で美容師・お留の2階に居座ってたから、結局多吉に探し当てられた」
「お角は大人しく捕まったのか?」
「いや、それが面白いんだ。その捕り物には多吉と松吉が出向いたんだけど、女だから油断できないから不意打ちにしろってことで、日が暮れた頃、お角が裏の空き地で水浴びしてる時に飛び込んで御用ってわけだ……。お角も裸で逃げ出すわけにはいくまい。抵抗はしませんが、猶予をくださいと言って、体を拭いて着物を着て、おとなしく連れてこられたんだけど、お角は奉行所の裁判で、お上の御用でも、女が裸にいるところに踏み込むのは失礼だって訴えた。すると、与力のフジヌマって人が、お前はそんなに女の恥を知ってるなら、なぜ裸の写真を外国人に撮らせたんだ。これを見ろと言って、例のシャシンを投げつけたら、お角もさすがに真っ赤になって何も言えなかったらしい」
「それで、人殺しを白状したのか?」
「白状した。ハリソン夫婦を殺したのも、シマダを殺したのも、全部自分の仕業だって白状した。シマダのことはともかく、外国人を殺したってことには確かな証拠がないから、強情を張り通してもよかったんだけど、お角が捕まると、次にくにぞうとジンパチも捕まる。2人がペラペラ喋っちゃったから、シマダの死体を運ばせたことは隠しようがなくなったんだ。そうなると、もうどうせ処刑されるんだから、覚悟を決めたんだろう。それに、私の策略で、お見せできない秘密兵器を見せたんだけど」
「どんな秘密兵器だ?」
「シマダの弟子の吾八に頼んで、川から引き上げた犬の死骸をシャシンに撮らせて、お角の目の前に突きつけたんだ。この洋犬をひどい目に遭わせたのはお前の仕業だろう。上ではもう調べがついてるぞって言うと、お角はそのシャシンを1枚見ただけで、真っ赤になって恐縮したんだ。そんな秘密兵器をどうして思いついたかって言うと、私があの神奈川の料理屋を出て写真屋に帰る途中、道端で2匹の犬がじゃれてるのを目撃したのがきっかけなんだ。そこから急にひらめいたんだ」
「どんなことをひらめいたんだ?」
「それはちょっと言いにくい話で……」

原文 (会話文抽出)

「おい、松。ここでいつまで悩んでいても仕方がねえ、ともかくも写真屋へ帰ろう」
「調子に乗っておしゃべりをしていると、あんまり長くなりますから、もうここらで打ち留めにしましょう」
「お角はどうなりました」
「無論、召し捕りましたよ。お角は本所一つ目のお留という女髪結の二階に隠れていました。早桶をかつぎ出したのは、お留のせがれの国蔵と相長屋の甚八という奴で、国蔵はお角と関係があったのです。前にお話し申した通り、お角は神原の屋敷の馬丁と出来合っていたのですが、その馬丁の平吉が挙げられると、すぐに国蔵という後釜をこしらえる。そのほかに写真屋の島田と関係する。外国人のハリソンにもお膳を据える。いやもう乱脈でお話になりません。国蔵は小博奕なぞを打つ奴で、甚八もおなじ仲間です。この二人がお角に頼まれて、島田の死骸を入れた早桶をかついで、押上辺の寺へ送り込むつもりで、日の暮れがたに出て行くと、あいにくに横網の河岸で多吉に出逢った。多吉の方じゃあよくも覚えていなかったんですが、国蔵の方じゃあ多吉の顔を識っていて、ここで手先に見咎められちゃあ大変だと思って……。根がそれほどの悪党じゃあありませんから、慌てて早桶を大川へほうり込んで逃げだした。そんな事をすれば猶さら怪しまれるのですが、度胸のない奴がうろたえると、とかくにそんな仕損じをするものです。どっちも気の小さい奴ですから、多吉に睨まれたと思うと、なんだか気味が悪くって自分の家へは寄り付かれず、その後は深川辺の友達のところを泊まり歩いていましたが、お角は女でもずうずうしい奴、平気でお留の二階にころがっている処を、とうとう多吉に探し出されました」
「お角はおとなしく召し捕られましたか」
「いや、それが面白い。その捕物には多吉と松吉がむかったのですが、女でも油断がならねえから不意撃ちを食わせろと云うので、時刻は灯ともし頃、お角が裏の空地で行水を使っているところへ飛び込んで御用……。いくらお角でも裸で逃げ出すわけには行きません。お手向いは致しませんから御猶予をねがいますと云って、からだを拭いて、浴衣を着て、素直に牽かれて来ましたが、お角は奉行所の白洲へ出た時にそれを云いまして、いかにお上の御用でも、女が裸でいるところへ踏み込むのは無法だと訴えました。すると、吟味与力の藤沼という人が、おまえはそれほど女の恥を知っているならば、素っ裸の写真を異人になぜ撮らせた。これを見ろと云って、例の写真を投げてやると、お角もさすがに赤面して一言もなかったそうです」
「そこで、人殺しを白状しましたか」
「白状しました。ハリソン夫婦を殺したのも、島田を殺したのも、みんな自分の仕業だと白状しました。島田のことはともかくも、異人殺しの方は確かな証拠がないのですから、飽くまでも知らないと強情を張り通せないことも無いのですが、お角が挙げられると、あとから続いて国蔵も甚八も挙げられる。こいつらがべらべら喋ってしまいましたから、島田の死骸を捨てさせた事はもう隠しおおせません。こうなれば、一寸斬られるも二寸斬られるも同じことで、しょせん人殺しの罪科は逃がれないのですから、当人も覚悟を決めたのでしょう。もう一つには、わたくしの工夫で、一つの責め道具を見せてやりました」
「どんな責め道具です」
「島田の弟子の吾八に云いつけて、川から引き揚げた犬の死骸を写真に撮らせて、お角の眼の前に突き付けさせました。この洋犬をむごたらしく殺したのはお前の仕業だろう。お前がなぜこの洋犬を殺したか、上ではもう調べ済みになっているぞと云いますと、お角はその写真をひと目見て、いよいよ赤面して恐れ入ったそうです。そんな責め道具をどうして思い付いたかと云いますと、わたくしが神奈川の料理茶屋を出て写真屋へ帰る途中、往来のまん中で二匹の犬がふざけているのを見たのが始まりで、それからふっと考え付いたのです」
「どんなことを考え付いたのです」
「さあ、それは少しお話ししにくい事で……」


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