岡本綺堂 『半七捕物帳』 「いくら不人情にしたところで、親許で娘の死…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「親がいくら無情でも、娘の死体を引き取らねえとかわけわかんねえ」
「関口屋が殺したって言うのか?」
「殺したとは言わねえけど、寝てるとこでマムシに噛まれたとか言ってるのは、マジに聞こえねえ。まして神様ってのが作り話かどーかわかんねえ。大事な娘が死んじまったんだから、どーして死んだのかハッキリさせなきゃ、簡単には引き取れないって親は言ってるんだって。関口屋もそれなりに香典は出すつもりらしいけど、親の方は500両か1000両ふんだくるつもりみてえでさ……」
「500両か1000両……」
「命に値段はないって言うけど、奉公人が死んだくらいで500両も1000両も取られたんじゃ困るわ。その親ってのは一体誰なんだ」
「500両1000両は別にして、親がぐずぐずしてんのも訳があんの」
「だんだん話を聞くとさ、お由って女はただの奉公人じゃなくって、実は旦那の姪っ子なんだって」
「単なる奉公人じゃねえのか」
「旦那の兄の娘。兄貴は次右衛門って言うんだけど、もともと跡取りだったらしい。でも若い頃は遊び人で、先代の旦那に勘当されて、弟の次兵衛が関口屋を継ぐことになったんだって。先代が死ぬ時に勘当を許すかって話もあったんだけど、先代がどうしても許さなくて、あいつは関口屋に近づけるなって遺言したんだって。それは20年くらい前の話だけど、それ以来次右衛門は表向きは関口屋に顔が出せないんだ。裏口からコッソリ入ってくるらしい」
「次右衛門は何やってんだ?」
「下谷の坂本でちっさい煙草屋やってるんだって。表面上は勘当されてても、関口屋の跡取りで今の旦那の兄貴には違いないから、関口屋も面倒見てやって、商売のタバコとか回してやってるみたい。その娘がお由で、これも表向きには親戚とは言いづらいから、奉公人みたいに取り扱われて、関口屋で暮らしてたんだ。詳しいことはわかんねえけど、関口屋からお由をもらうなら、そのうちいい婿を見つけて、そこそこ金も持たせて、兄貴の跡を継がせる約束になってたんだって。そのお由が突然死んじゃったんだから、一番困ってるのは兄貴の次右衛門だ」
「その兄貴はちゃんとしてんの?」
「次右衛門はもう50で、今は固くなってるみたいだけど、昔の遊び人の血は抜けてねえ。自分に落ち度があるってのはわかってても、関口屋の店を弟に取られたのは面白くないんだろ。その上に、面倒見る約束で引き取った娘が訳わかんねえ死に方しちまう。こうなると、何かしらの因縁をつけたくもなるわな。死体をもらうだのもらわないだの、グチャグチャ言ってるんだろう。次右衛門によれば、表向きはどうあれ、自分の姪を引き受けておきながら、訳のわかんねえ死に方させて、死んだものは仕方ないって顔してるのはあんまりすぎるだって。それも結局はお由の死に方がハッキリしねえからで、本当にマムシに噛まれたのかどうかも、医者も断定できないらしいよ」
「やっぱマムシじゃねえの?」
「マムシかねえ」
「そうすると、揉め事にもならねえよな。次右衛門がどうガタガタ言っても、間に合わねえんだろ」
「いや、揉め事にならねえとも限らねえ。そのお由ってのはどんな女だったんだ?」
「お由は19で、旦那の娘とは1つ違い。旦那の娘はお袖って言って、今年18。表向きは旦那と奉公人の関係になってるけど、実際は従姉妹同士で、どっちも美人ってほどじゃねえけど、まあ普通の子。ただ、お由の方は年上ってことでませてて、男好き」
「関口屋の裏の四軒長屋には誰と誰が住んでるんだ?」
「コロリで死んだ大工の年造、それから煙草屋のダイキチ。あとに仕立て屋のジンゾウ、ザル屋のロクベイ……。ジンゾウとロクベイには女房がいる」
「ダイキチってのは年造の隣に住んでたヤツだろ。そいつはどういうヤツだ?」
「23、4の、色白で華奢なヤツ。生まれは上方で、前は湯島の茶屋にいたんだって」
「湯島の茶屋にいたって……。男娼上がりか?」
「そんな噂だ」
「そうか」

原文 (会話文抽出)

「いくら不人情にしたところで、親許で娘の死骸を引き取らねえというのは判らねえ」
「関口屋で殺したとでも云うのか」
「まさかに殺したとも云いませんが、寝床で蝮に咬まれたなんぞと云うのは、どうもまじめに聞かれねえ。ましてかむろ蛇なんぞは作り話だか何だか判らねえ。大事の娘が死んだ以上、どうして死んだのか確かに判らねえでは、迂濶に死骸を引き取ることは出来ねえと、こう云うのだそうで……。関口屋でも相当の弔い金は出す気でいるのだが、親の方じゃあ五百両か千両も取るつもりでいるらしいので……」
「五百両か千両……」
「人間の命に相場はねえと云っても、奉公人が死んだ為に五百両も千両も取られちゃあ堪まらねえ。一体その親というのは何者だ」
「五百両千両は別として、親許でぐずるにも仔細があるのです」
「だんだん聞いてみると、お由という女は仲働きのように勤めてはいるが、実は主人の姪だそうで……」
「唯の奉公人じゃあねえのか」
「主人の兄きの娘です。兄きは次右衛門といって、本来ならば総領の跡取りですが、若い時から道楽者で、先代の主人に勘当されてしまって、弟の次兵衛が関口屋の家督を相続することになったのです。先代が死ぬときに勘当の詫びをする者もあったが、先代はどうしても承知しないで、あんな奴は決して関口屋の暖簾をくぐらせてはならないと遺言したそうです。それは二十年も昔のことですが、それがために次右衛門は今でも表向きに関口屋の店へ顔出しは出来ない。裏口からそっとはいって来ると云うわけです」
「次右衛門は何をしているのだ」
「下谷の坂本で小さい煙草屋をしているそうです。表向きは勘当でも、関口屋の総領で、今の主人の兄きには相違ないのですから、関口屋でもいくらか面倒を見てやって、商売物の煙草なぞも廻してやっているようです。その娘がお由で、これも表向きに親類というわけには行かないので、まあ奉公人同様に引き取られて、関口屋の厄介になっていたのです。詳しいことは判りませんが、関口屋へお由を引き取るに就いては、行くゆくは相当の婿を見付けて、それに幾らかの元手でも分けてやって、兄きの家を相続させると云うような約束になっていたらしい。そのお由がだしぬけに死んでしまったので、一番困るのは兄きの次右衛門です」
「その兄きは堅気になっているのか」
「次右衛門はもう五十で、今は堅気になっているようですが、昔の道楽者の肌は抜けない。自分に落度があるにしても、関口屋の身代を弟に取られたのだから、内心は面白くない。その上に、世話をするという約束で引き取られた娘が得体の知れない死に方をする。こうなると、何とか因縁を付けたくなるのが人情で、死骸を引き取るとか、引き取らねえとか、駄々を捏ねているのでしょう。次右衛門に云わせると、表向きはともかくも、肉親の姪を預かって置きながら、なんだか訳の判らない死に方をさせて、死んだものは仕方が無いというような顔をしているのは、あんまり不人情だ、不都合だ……。それも畢竟お由の死に方がはっきりしねえからの事で、確かに蝮に咬まれたのかどうだか、医者にもよく見立てが付かねえようですよ」
「やっぱり蝮だろうな」
「蝮でしょうか」
「そうすると、喧嘩にもならねえ。いくら次右衛門がじたばたしても、追っ付かねえ訳ですね」
「いや、喧嘩にならねえとも限らねえ。そのお由というのはどんな女だ」
「お由は十九で、家の娘とは一つ違いです。家の娘はお袖と云って、ことし十八。表向きは主人と奉公人のようになっていますが、つまり従妹同士で、どっちも容貌は良くも無し、悪くも無し、まあ十人並というところでしょうが、お由の方が年上だけにませていて、男好きのする風でした」
「関口屋の裏の四軒長屋には誰と誰が巣を食っている……」
「コロリで死んだ大工の年造、それから煙草屋の大吉、そのほかに仕立屋職人の甚蔵、笊屋の六兵衛……。甚蔵と六兵衛には女房子があります」
「大吉というのは年造の隣りにいる奴だな。そりゃあどんな奴だ」
「二十三四の、色の生っ白い、華奢な奴です。生まれは上方で、以前は湯島の茶屋にいたとか云うことですよ」
「湯島の茶屋にいた……。男娼のあがりか」
「そんな噂です」
「そうか」


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