岡本綺堂 『半七捕物帳』 「とうとう降り出しました」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「ついに雨が降ってきました」
「今年は雨が多い年みたいだ。今日も降られて、途中まで行って引き返してきた」
「どこに行ったんですか?」
「築地まで回った」
「親分。その一件ですが、私も少し聞き込みました。ご存知の通り、あそこは屋敷が多いので、私も大部屋の連中はかなり知ってますけど、この間からいろいろ噂は聞いてるんですが、噂はあくまで噂でして……。でも、親分。ここで1つ興味深いことがありまして……」
「興味深い……。何ですか?」
「あの一件の当日、主人の因幡様は陸路で帰られる予定だったそうです。そういうことになるからかどうか、因幡様は船が嫌いみたいで、いつも砂村に行く時は、片道は船で、片道は陸路と決まっていて、当日も船で行って、陸路で帰られるはずだったのを、なぜか帰りも船になって、あんな災難に遭った……。運が悪いといえば、それまでですが、何か裏があるとも考えられないわけでもないですね。陸路で帰れば無事だったものを、その日に限って船に乗られて、その日に限って船が沈む……」
「むむ。運が悪いというだけでなく、何か理由があったのかもしれませんね」
「それで、私の推測ですが……」
「誰が細工をしたのかは知りませんが、おそらく主人を殺すつもりはなかった……。主人はいつもの通りに陸路で帰ると思っていたのに、なぜか船で帰られることになったので、いわば巻き添えを食らったような形だと思います。女中3人はもちろん流れ弾でしょうから、そうすると妾のお早か、お嬢様のお春か、その1人が狙われることになります。まだ若いお嬢様が殺されるのは考えにくいので、狙われる相手はやっぱりお早でしょうね」
「そうすると、細工人は奥方ですか?」
「まあ、そんな感じですね。お早も評判の悪い女じゃありませんが、どうしたって正妻と妾、そこには想像もつかない争いがあるでしょう。奥方が半狂乱になって自分の屋敷に傷がつこうが構わないから、本当の犯人を突き止めてくれなぞと言うのも、自分の後ろ暗い部分を隠そうとしてるのかも知れませんからね」
「心にもない夫殺し……。まあそれはそうとして、娘殺しは何なんですか。どんなに妾が憎くても、自分の実の娘を道連れにするなんて考えられないでしょう。妾1人を殺す方法だってあるはずです」
「いや、そこにはまた相当な理由があります。お嬢様のお春というのはお人形のようにかわいい娘で、性格もとてもおとなしいのですが、なぜか子どもの頃から妾のお早にすごく懐いてて、お早も我が子のようにかわいがってたそうです。ねえ、親分。これは私の推測ですが、奥方から見ると、お早は自分には子どもがいないので、お春を手懐けて我が子のようにして、奥方に張り合うつもりだったんでしょうね。そうすると、我が子でもお春はかわいくない。いっそお早と一緒に沈めてしまえと、ひどい考えをするのも無理はないと思います」
「いろいろ理屈をつけて考えましたね」
「それも的外れじゃないと思います。女は想像もつかない恐ろしいことを考えますからね。それでまず奥方が仕掛けたとすると、奥方が直接船頭に頼むわけにはいきません。誰かが仲介したはずですが……」
「それは女中のお信でしょう」
「むむ、船宿の姪ですか。そうするとお信は生きてるな」
「船宿にいて、小田原町の川岸で育った女なので、ちょっとは水練ができんでしょう。陸に這い上がって、どこかに隠れてると思います」
「そんなことも考えられますね」

原文 (会話文抽出)

「とうとう降り出しました」
「ことしはどうも降り年らしい。きょうも降られて、中途で帰って来た」
「どこへ行きました」
「築地へ廻った」
「親分。その一件なら、わっしも少し聞き込んだことがあります。御承知の通り、あの辺には屋敷が多いので、わっしも大部屋の奴らを相当に知っていますが、この間からいろいろの噂を聞いていますが、噂という奴はどうも取り留めのないもので……。だが、親分。ここに一つ面白いことがあります。こりゃあ聞き捨てにならねえと思うのですが……」
「聞き捨てにならねえ……。どんなことだ」
「あの一件の当日、主人の因幡という人は陸を帰る筈だったそうです。こういうことになるせいか、因幡という人は船が嫌いで、いつも砂村へ行く時には、片道は船、片道は陸と決まっているので、当日も船で行って、陸を帰るという筈だったのを、どういう都合か、帰りも船ということになって、あんな災難に出逢った……。運が悪いと云えば、まあそれ迄のことですが、何か又そこに理窟がないとも云えませんね。陸を帰れば無事に済んだものを、その日にかぎって船に乗って、その日に限って船が沈む……」
「むむ。運が悪いというほかに、なにかの仔細が無いとも云えねえな」
「それだから、わっしの鑑定はまあこうですね」
「だれが細工をしたのか知らねえが、恐らく主人を殺すつもりはなかった……。主人はいつもの通りに陸を帰ると思っていたところが、どうしてか船で帰ることになったので、云わば飛ばっちりの災難を受けたような形かと思われますね。女中三人は勿論そば杖でしょうから、そうなると妾のお早か、お嬢さまのお春か、その一人が目指されることになります。年の行かねえお嬢さまが殺されそうにも思われねえから、目指す相手はまあお早でしょうね」
「そうすると、細工人は奥さまか」
「まあ、そんなことらしいようですね。お早というのも評判の悪くない女ですが、なんと云っても本妻と妾、そこには人の知らない角突き合いもあろうと云うものです。奥さまが半気違いのようになって自分の屋敷に瑕が付いても構わないから、本当のことを調べあげてくれなぞと云うのも、自分のうしろ暗いのを隠そうとする為かも知れませんからね」
「心にもない亭主殺し……。それはまあそれとして、娘殺しはどうする。いくら妾が憎いと云っても、我が生みの娘まで道連れにさせることはあるめえ。なんとかして妾ひとりを殺す法もあろうじゃあねえか」
「いや、そこには又相当の理窟があります。お嬢さまのお春というのはお人形のように可愛らしい娘で、気立ても大変おとなしいのですが、どういうわけか子供のときから妾のお早によく狎いて、お早も我が子のように可愛がっていたと云うことです。ねえ、親分。これはわっしの推量だが、奥さまの眼から見たら、お早は自分に子供が無いので、お春を手なずけて我が子のようにして、奥さまに張り合おうという料簡だろうと思われるじゃあありませんか。そうなると、我が子でもお春は可愛くない。いっそお早と一緒に沈めてしまえと、むごい料簡にならないとも限りますまい」
「いろいろ理窟をつけて考えたな」
「それもまんざら無理じゃあねえ。女は案外におそろしい料簡を起こすものだ。そこで先ず奥さまの細工とすると、奥さまが直々に船頭に頼みゃあしめえ。誰か橋渡しをする奴がある筈だが……」
「それは女中のお信でしょう」
「むむ、船宿の姪か。そうするとお信は生きているな」
「船宿にいて、小田原町の河岸に育った女ですから、ちっとは水ごころがあるのでしょう。陸へ這いあがって、どっかに隠れているのだろうと思います」
「そんなことが無いとも云えねえ」


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