岡本綺堂 『半七捕物帳』 「いいか、牛込水道町の堀田庄五郎、二千三百…

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青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「さて、牛込水道町の堀田庄五郎、2300石、これは浅井因幡守の叔父だ。それから京橋南飯田町の須藤民之助、800石、これは因幡の弟で、須藤の家に養子に入った。他にも親戚はたくさんいるが、堀田と須藤、この2軒が近い親戚なので、町方に内密で調査を頼んでいる。深川浄心寺脇の菅野大八郎、2800石、これは因幡の奥方お蘭の実家で、ここからも内密に頼んでいる。特に菅野の頼みは厳しい。もしそれで浅井の屋敷に傷がつこうとも構わない。とにかく証拠を突き止めて、もし本当に不慮の事故だったなら良し、何か仕組まれた事件なら、関係者を容赦なく逮捕しろという。失敗すれば浅井の屋敷は潰れる。それを承知でガンガンやれということだから大変だ。半七、しっかりやってくれ」
「本当に放置できません」
「武家屋敷の奥のことはわかりませんが、この一件以来、浅井の奥さんは半気違いのようになっているそうです」
「無理もない。自分が妾だとしても、夫と娘を同時に亡くしたんですから、普通の女なら気が狂うはずです」
「実家である菅野からは用人を遣わしましたが、その話によると、浅井の奥方のお蘭は今年37で、小太郎とお春のお母さんだ。夫の因幡は若い頃から評判の美男で、お蘭はどこかで因幡を見て惚れて、いろいろ手を回して縁談を進めたそうです。つまり惚れた夫なんです。病気で亡くなったならまだしも、こんな災難で殺されたら、簡単に諦められるはずがありません。屋敷に傷がつこうが構わないから、証拠を突き止めてほしいというのも、お蘭が言ったことらしい。それを菅野が取り次いで、こちらに頼んできたんでしょう。何しろこういう仕事は、相手が屋敷なので厄介です」
「大迷惑ですね」
「さすがに奥さんに会うわけにはいきませんが、向こうから頼んできたくらいですから、堀田、須藤、菅野、この3軒の使用人は会ってくれるでしょう」
「それは会ってくれるでしょうね。でも、浅井の屋敷には迂闊に顔を出さないでください。屋敷内に味方がいて、俺たちが調査していることがわかるとまずいからです」
「そうです。遠回りして、少しずつ進めましょう」
「といって、あまりに時間がかかっても困ります」
「そこはこちらの判断で進めてくれ」
「その船は調べましたか?」
「俺は立ち会ってませんが、同僚の井上が行って調べて、船は三河屋の前の川岸に停泊しているはずです。重要な証拠品なので、この一件の処理が終わるまでは、勝手に触らせることはできません。どうせ縁起の悪い船です。使おうと思っても使えませんから、処理が終わったら燃やしてしまうでしょう。それまでは大事に保管しておかなければなりませんが」
「じゃあ、三河屋に行ってその船を見てきましょう。何かいい知恵が出るかもしれません」
「三河屋に行っても、あまり脅さないでください。この間からいろいろ調査を受けて、主人は真っ青になって震えています」
「わかりました。決して乱暴なことはしません」

原文 (会話文抽出)

「いいか、牛込水道町の堀田庄五郎、二千三百石、これは浅井因幡守の叔父だ。それから京橋南飯田町の須藤民之助、八百石、これは因幡の弟で、須藤の屋敷へ養子に貰われて行ったのだ。ほかに親類縁者も相当にあるが、堀田と須藤、この二軒が近しい親類になっているので、それから町方へ内密の探索を頼んで来ている。深川浄心寺脇の菅野大八郎、二千八百石、これは因幡の奥方お蘭の里方で、ここからも内密に頼んで来ている。殊に菅野の申し込みは手きびしい。万一それがために浅井の屋敷に瑕が付いても構わない。是非ともその実証を突き留めて、いよいよ不慮の災難と決まればよし、もし又なにかの機関でもあったようならば、係り合いの者一同を容赦なく召捕ってくれと云うのだ。まかり間違えば浅井の屋敷は潰れる。それを承知でどしどしやってくれと云うのだから大変だ。どうもいい加減に打っちゃっては置かれねえ事になった。半七、しっかりやってくれ」
「まったく打っちゃっては置かれません」
「武家屋敷の奥のことは判りませんが、この一件以来、浅井の奥さまは半気違いのようになっているそうです」
「無理もねえ。妾はともあれ、亭主と娘を一度になくしてしまったのだから、大抵の女はぼっとする筈だ」
「里方の菅野からは用人を使によこしたのだが、その用人の話によると、浅井の奥方のお蘭というのは今年三十七で、小太郎とお春のおふくろだ。亭主の因幡は若い時から評判の美男で、お蘭はどこかで因幡を見染めて、いろいろに手をまわして縁談を纒めたのだと云うから、惚れた亭主だ。それも病気ならば格別、こんな災難で殺しちゃあ容易に諦めが付くめえ。屋敷に瑕が付いてもいいから、その実証を突き留めてくれというのも、お蘭が云い出した事らしい。それを取り次いで、里方からこっちへ頼んで来たものと察しられる。なにしろ斯ういう仕事は、相手が屋敷だから困るな」
「大困りです」
「まさかに奥さまに逢うわけにも行かず、しかし向うから頼んで来たくらいですから、堀田と須藤と菅野、この三軒の屋敷の用人は逢ってくれるでしょう」
「そりゃあ逢ってくれるに相違ねえ。だが、浅井の屋敷へは迂濶に顔を見せるなよ。その屋敷内に係り合いの奴があって、おれ達が探索していることを覚られると拙いからな」
「そうです。まあ、遠廻しにそろそろやりましょう」
「といって、あんまり気長でも困る」
「そこは程よくやってくれ」
「その船はお調べになりましたか」
「おれが立ち合ったのじゃあねえが、同役の井上が調べに行って、船は三河屋の前の河岸に繋がせてある筈だ。大事の証拠物だから、この一件の落着するまでは、めったに手を着けさせることは出来ねえ。どうせ縁起の悪い船だ。まさかに手入れをして使うわけにも行くめえから、片が付いたら焼き捨ててしまうのだろうが、まあ、それまでは大事に囲って置かなければならねえ」
「じゃあ、まあ、三河屋へ行って、その船を見てまいりましょう。又なにかいい知恵が出るかも知れません」
「三河屋へ行っても、あんまり嚇かすなよ」
「この間からいろいろの調べを受けて、亭主も蒼くなってふるえているようだからな」
「はい、決して暴っぽいことは致しません」


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