岡本綺堂 『半七捕物帳』 「あんまり居ごころのいい家じゃあねえな」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「なんか落ち着かない家だな」
「まあしょうがないよ。こういう時は、人が少ない方が都合がいいんだから」
「今回の話は留が担当で、俺は途中から入ったんで、よくわかってねえんだけど……」
「そもそも、佐藤の屋敷に隠れてるお近って女は何者なんすか」
「今はそう名乗ってるけど、前は羽織姿で深川で売ってたお亀って名前だ」
「へー。芸者上がりかよ」
「顔もよくて、気前もいいってことで、流行ってたみたいだ。で、金田っていう千石取りの旗本隠居に気に入られて、柳島の屋敷に迎えられていったんだって」
「それで、2年くらいは穏やかに暮らしてたけど、4年前の秋のことだった。十三夜にお月見で、夜遅くまで隠居と仲良く飲んでたんだって。……それまでは屋敷の者も知ってるんだけど、その後どうしたか分かんねえ。翌朝になってみると、隠居が寝室で死んでたんだ。酔っぱらってぐっすり寝てたところを、剃刀みたいなもので首を刺されたらしい。タンスに入れてた30両くらいが無くなってて、お亀の姿も消えてた」
「隠居を殺して逃げたのかよ。すげえ女だな」
「いくら隠居でも、妾に殺されたって噂が広まったら、屋敷の評判に傷がつくから、表向きは急死にしたみたいなんだ。それで済んだんだけど、息子からすると、自分の父親を殺されたままじゃ済まねえだろ。だから、八丁堀に頼んでお亀の行方を捜してくれって言ったんだ。俺たちも協力していろいろ手を尽くしてみたけど、お亀の居場所は分かんねえ。相当に頭が切れる女みたいで、さっさと江戸から逃げ出したらしい」
「なんで隠居を殺したんだろう」
「隠居には可愛がられてたみたいだし、30両くらいの金のために主殺しをするってのは考えにくい。30両は逃げるときの足しに持っていっただけで、他にも理由があるはずだ。屋敷の人数が少なかったからよく分かんないけど、女中の話だと、喧嘩をしたことがあったらしい。その時は隠居も結構怒ってたみたいでお亀も青ざめてたっていうから、その喧嘩がきっかけになったのかもしれない。でも、どんな喧嘩をしたのか誰も知らねえから、想像もつかない。手掛かりが何もなくて、俺たちも諦めてた頃に、お亀に似た女を音羽で見かけたっていう情報を聞きつけたんだ。それで、留に音羽から雑司ヶ谷あたりを探させたら、あいつもバカじゃないから、なんとか突き止めて、佐藤の屋敷に潜んでることが分かったんだけど、さっきも言ったように、旗本屋敷ってことで、簡単に踏み込むのは難しい。でも、もうおしまいだよ。遅かれ早かれ、俺たちのものだ」

原文 (会話文抽出)

「あんまり居ごころのいい家じゃあねえな」
「まあ仕方がねえ。こういう時には、繁昌しねえ家の方が都合がいいのだ」
「今度の一件は留の受け持ちで、わっしは中途からの飛び入りだから、詳しいことが腹にはいっていねえんですが……」
「いったい、佐藤の屋敷に忍んでいるお近という女は何者ですね」
「今はお近といっているそうだが、以前はお亀といって、深川の羽織をしていたんだ」
「むむ。芸者あがりかえ」
「容貌も好し、気前もいいとか云うので、まず相当に売れているうちに、金田という千石取りの旗本の隠居に贔屓にされて、とうとう受け出されて柳島の下屋敷へ乗り込むことになったのだ」
「それでまあ二年ほど無事に暮らしていたのだが、今から足かけ四年前の秋のことだ。十三夜の月見で、夜の更けるまで隠居と仲よく飲んでいた。……それまでは屋敷の者も知っているが、そのあとはどうしたのか判らねえ。夜が明けてみると、隠居は寝床のなかに死んでいた。酔って正体もなしに寝ているところを、剃刀のようなもので喉を突いたらしい。手箱のなかに入れてあった三十両ほどの金がなくなっている。お亀のすがたは見えねえ」
「隠居を殺して逃げたのか。凄い女だな」
「いくら隠居でも、妾に殺されたと云うことが世間にきこえちゃあ、屋敷の外聞にもかかわるから、表向きは急病頓死と披露して、それはまあ無事に済んだのだが、当主の身になると現在の親を殺されてそのままにゃあ済まされねえ。そこで、八丁堀の旦那のところへ内々で頼んで来て、お亀のゆくえを穿索して貰いたいと云うのだ。おれ達も旦那方の内意をうけて当分はいろいろに手を廻してみたが、お亀のありかは判らねえ。なかなか悧巧な女らしいから、素早く草鞋は穿いてしまって、もう江戸の飯を食っちゃあいねえらしい」
「なんで隠居を殺したんだろう」
「隠居には随分可愛がられて、いう目が出ている身の上だから、三十両ぐらいの金が欲しさに、主殺しをする筈のねえのは判り切っている。三十両は行きがけの駄賃に持って行っただけのことで、ほかに仔細があるに相違ねえ。下屋敷は小人数だから、どうもよく判らねえのだが、女中たちの話によると、なんでも五、六日前に隠居と妾とが喧嘩をした事があるそうだ。その時は隠居もかなり激しく怒った様子で、お亀も蒼い顔をしていたというから、その喧嘩がもとでこんな事になったらしいが、どんな喧嘩をしたのか誰も知らねえから見当が付かねえ。なにしろちっとも手がかりがねえので、おれ達ももう諦めてしまった頃へ、この頃になってふと聞き込んだのは、お亀によく肖た女を音羽辺で見かけた者があると云うのだ。そこで、留に云いつけて、この音羽から雑司ヶ谷の辺を探索させると、あいつもさすがに馬鹿じゃあねえ、それからそれへと手をのばして、とうとう其の佐藤の屋敷に忍んでいることを突き留めたのだが、さっきも云う通り、旗本屋敷に巣を食っているので、迂闊に手入れをすることが出来ねえ。しかし斯うなりゃあ生洲の魚だ。遅かれ早かれ、こっちの物よ」


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