GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「今日もなんだか忙しそうですね」
「いや。大忙しだ。徳蔵は昨夜殺された」
「えっ」
「ところで、少し聞きたいことがある。ちょっと裏に来てくれ」
「もうここまで話をすれば、だいたいお分かりでしょう」
「伝介はお留が吉原にいた頃からの知り合いで、年が明けても自分の方へ引き取るほどの力もないので、相談の上で徳蔵の家へ転がり込ませて、自分もそこに出入りしていたんです。よほど上手に逢い引きしていたらしく、亭主はもちろん、近所の人も気づかなかったんです。ところで、不思議なことには、そのお留という女は勤めを終えて、しかもそんな不埒なことを働いている奴にも似合わず、とても勤勉で、よく働きます。世間体を繕うためだけではなく、身なりや態度など気にせず働いて、一生懸命にお金を貯める。色男の伝介には何一つ貢いだことがなかったそうです。つまりケチなんでしょうね」
「そうすると、山城屋に因縁をつけたのも、みんな女房の仕業なんですね?」
「もちろんそうです。亭主をけしかけて300両巻き上げさせようとしたのを、徳蔵が100両で妥協させて来たので、ひどく悔しがってたんですが、もう仕方がありません。まあ泣き寝入りで、ついに葬式を出すことになりました」
「じゃあ、亭主を殺して、その100両を持って伝介と夫婦になるつもりだったんですね」
「まあ、誰でもそう思うでしょう」
「私も最初はそう思っていたんですが、伝介を問い詰めてとうとう自白させると、それが少し違っていたんです。伝介はお留と確かに関係はありましたが、さっきも言った通り、何一つ貢いでもらうどころか、逆に何とかあれこれと名をつけて、いくらかずつお留から巻き上げていたそうです。そんなわけで、今回の亭主殺しもお留の一存で、伝介は何も関わりがなかったことがわかりました」
「なるほど、それは少し意外でしたね」
「意外でしたよ。だとすると、お留がなぜ亭主を殺したかというと、山城屋から受け取った100両の金が欲しかったからです。亭主のものは女房のもの、どちらでも同じようですが、そこがお留の変わったところで、どうしてもその金を自分のものにしたいと思ったんです。それでも初めから亭主に殺意はなく、亭主の寝息をうかがってそっと盗み出して、台所の床下に隠しておいて、よそから泥棒が入ったように見せかけようとしたのを、徳蔵に見つかってしまったんです。それでも女房がすぐに謝れば、またどうにか無事におさまったでしょうが、お留は一度自分の手にした金をどうしても手放したくないので、いきなり店にある鰺切り包丁を持って、半分は夢中で亭主を2カ所も斬ってしまった。いや、本当に恐ろしい奴で、こんな女に出くわしてはいけません」
「それでもお留は素直に自白したんですね?」
「自身番から帰ってきたところをつかまえて取り調べると、最初はもちろん否認していましたが、貝殻と金包みをつきつけられて、すぐに土下座して恐れ入りました。よそから来た泥棒なら、その金を持って逃げるはずです。わざわざ貝殻などに押し込むわけがありません。おまけに包み紙に残っている指紋がお留の指とぴったり合っているので、言い逃れはできません。亭主を殺した騒ぎで、隣の足袋屋が起きて来たので、お留は手に持っているその金の隠し場所に困って、店の貝殻に慌てて押し込んだのが運の尽きでした。本人の自白によると、徳蔵を殺した後で伝介と夫婦になる気はなく、かねて貯めてある6、7両の金とあの100両を持って、故郷の名古屋に帰って金貸しでもするつもりだったそうです。そうなると、色男の伝介も置き去りを食うわけですが、命を取られなくて幸運だったかもしれませんよ。お留は当然重罪なので、引き回しの上、千住で磔刑となりました」
原文 (会話文抽出)
「お早うございます。きのうは御苦労さまでございます」
「きょうもなんだか取り込んでいるようですね」
「むむ。大取り込みだ。徳蔵はゆうべ殺された」
「へええ」
「ところで、おめえに少し訊きてえことがある。ちょいと裏へまわってくれ」
「もうここまでお話をすれば、大抵お判りでしょう」
「伝介はお留が吉原にいた頃からの馴染で、年があけても自分の方へ引き取るほどの力もないので、相談ずくで徳蔵の家へ転げ込ませて、自分もそこへ出這入りしていたんですが、よほど上手に逢い曳きをやっていたとみえて、亭主は勿論、近所の者も気がつかなかったんです。ところで、不思議なことには、そのお留という女は勤めあがりで、おまけにそんな不埒を働いている奴にも似あわず、おそろしくかいがいしい女で、働くにはよく働くんです。世間体をごまかす為ばかりでなく、まったく服装にも振りにも構わずに働いて、一生懸命に金をためる。色男の伝介には何一つ貢いでやったことは無かったそうです。つまり吝嗇なんでしょうね」
「そうすると、山城屋へ因縁を付けさせたのも、みんな女房の指尺なんですね」
「無論そうです。亭主をけしかけて三百両まき上げさせようとしたのを、徳蔵が百両で折り合って来たもんですから、ひどく口惜しがって毒づいたんですが、もう仕方がありません。まあ泣き寝入りで、いよいよ葬式を出すことになってしまったんです」
「じゃあ、亭主を殺して、その百両を持って伝介と夫婦になるつもりだったんですね」
「と、まあ誰でも思いましょう」
「わたくしも最初はそう思っていたんですが、伝介をしめ上げてとうとう白状させると、それが少し違っているんです。伝介はたしかにお留と関係していましたが、今もいう通り、何一つ貢いで貰うどころか、あべこべに何とか彼とか名をつけて、幾らかずつお留に絞り取られていたんだそうです。そんなわけですから、今度の亭主殺しもお留の一存で、伝介はなんにも係り合いのないことがわかりました」
「なるほど、それは少し案外でしたね」
「案外でしたよ。それならお留がなぜ亭主を殺したかというと、山城屋から受け取った百両の金が欲しかったからです。亭主のものは女房の物で、どっちがどうでもよさそうなものですが、そこがお留の変ったところで、どうしてもその金を自分の物にしたかったんです。それでも初めからさすがに亭主を殺す料簡はなく、亭主の寝息をうかがってそっと盗み出して、台所の床下へかくして置いて、よそから泥坊がはいったように誤魔化すつもりだったのを、徳蔵に見つけられてしまったんです。それでも女房がすぐにあやまれば、又なんとか無事に納まったんでしょうが、お留は一旦自分の手につかんだ金をどうしても放したくないので、いきなり店にある鰺切り庖丁を持ち出して、半分は夢中で亭主を二カ所も斬ってしまった。いや、実におそろしい奴で、こんな女に出逢ってはたまりません」
「それでもお留は素直に白状したんですね」
「自身番から帰って来たところをつかまえて詮議すると、初めは勿論しらを切っていましたが、蠑螺の殻と金包みとをつきつけられて、一も二もなく恐れ入りました。よそからはいった賊ならば、その金を持って逃げる筈。わざわざ貝殻なんぞへ押し込んで行くわけがありません。おまけに包み紙に残っている指のあとが、お留の指とぴったり合っているんですから、動きが取れません。亭主を殺したどたばた騒ぎで、隣りの足袋屋が起きて来たので、お留は手に持っているその金の隠し場に困って、店の貝殻へあわてて押し込んだのが運の尽きでした。当人の白状によると、徳蔵を殺したあとで一方の伝介と夫婦になる気でもなく、かねて貯えてある六、七両の金とその百両とを持って、故郷の名古屋へ帰って金貸しでもするつもりだったそうです。そうなると、色男の伝介も置き去りを食うわけで、命を取られないのが仕合わせだったかも知れませんよ。お留は無論重罪ですから、引き廻しの上、千住で磔刑にかけられました」