岡本綺堂 『半七捕物帳』 「いけねえ。いけねえ。幽霊が死んだら蘇生っ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「まずい。まずい。幽霊を殺すと死体が蘇るだけだ。騒いじゃダメだよ。お前のためにならない」
「親分さん。ごめんなさい。殺してください……」
「わかったのか」
「あの掛け軸を持って来たのは長作でしょう。ほかには何も持ってこなかったか?羽織は?」
「持って来ました」
「先月の24日の夜だろう?」
「はい」
「もうこうなったら、何でも吐いてもらおうじゃないか。長作はあの掛け軸と羽織を持って来て、何て言った?」
「博奕に勝って、質に入れていたのを手に入れたと言いました。掛け軸と泥だらけの羽織が少しおかしいと思いましたが、羽織の泥は干して揉み落としてそのままにしておきました」
「その羽織はまだあるか?」
「いいえ、もう質入れちゃいました」
「お父さんもあの晩に森川宿の方に行っただろう。何の用で行ったんだ」
「妻を迎に行ったんです」
「藤代様のお屋敷の大広間では毎日賭場が開かれていて、長作はそっちばかりに入り浸っていて、仕事は全然してない。お父さんも心配して、今夜はお前が行って連れて帰ってこいと言って、雪が降る中を出て行ったんです。途中で行き違ったみたいで、長作は濡れて帰って来ました。それから1時間ほどして、お父さんも帰ってきました。門口から、長作は帰ったかと声をかけましたから、もう帰りましたと返事をすると、そのまま自分の家へ帰ってしまいました」
「それから長作はどうした」
「翌朝は仕事に行くと言って家を出て、やはりいつもの博奕場に行ったようです。それからはちっとも家に落ち着かなくて……。それまではどんなに夜が更けても、必ず家に帰って来ていたんですが、その後はどこを泊まり歩いているのか、3日も4日も帰って来ないことがあるんです。私も心配でたまりません。でも、お父さんの耳に入ると、また余計な苦労をかけることになるので、私がこっそり藤代様のお屋敷に迎えに行きましたが、夜は門が厳重に閉められていて、女は入れてくれません。どうしようかと松円寺の塀の外に立っていて、いっそあの銀杏に首でもくくろうかと考えていると、そこへ2人連れの男が通りかかったので、慌てて逃げ出しました」
「長作はそれっきり帰ってこないのか」
「それから2、3回帰りました」
「掛け軸や羽織のほかに金を見せたことはないか?」
「掛け軸と羽織を持って帰ったときに、博奕に勝ったと言って、10両くれました。でも、その後にまた全部取られたからと言って、その10両を全部持ち出してしまいました。ますます困窮して、家には炭団を買うお金もなくなって、お父さんにもたびたび無心にも行けず、仕方なくあの羽織を質入れしたり、掛け軸を道具屋に買ってもらったりして、どうにかこうにか繋いでいました。今朝、長作が何処からかぼんやり帰って来て、一文無しで困るからいくら貸してくれと言います。貸すどころか、こっちが借りたいくらいなのに、あの羽織も質に置き、掛け軸も売ってしまったと言うと、長作は急に顔色を悪くして、黙ってそれっきり出て行ってしまいました。出るときに、たった一言、誰が来て聞いても掛け軸や羽織のことは何も言うなと申しました」
「そうか。よし、それでみんな分かった。いや、まだ分からないところもあるが、そこはまあ大目に見ておく」
「それにしても、長作の居場所が分かるまではあなたをこのままにしておくわけにはいかない。とりあえず町内預かりにしておくからそう思ってください」
「実はあの晩、長作を迎いに行きまして、ちょうど行き違って松円寺のそばを通りますと、化け銀杏の下に一人の男が倒れていました。介抱して主人の家へ送りとどけてやりましたが、その男は河内屋の番頭で、胴巻に入れた金と大切な掛け軸と双子の羽織を奪われたそうです。その時は何も気がつきませんでしたが、あとで聞きますと長作はその晩に掛け軸と泥だらけの双子の羽織とを持ち帰りましたそうで、それを聞いた私は震え上がりました。しかし、今更どうすることも出来ませんので、娘にもそのわけをそっと言って、関わる前に長作と縁を切ってしまえと忠告しましたが、娘はまだ長作に未練があるみたいで、素直に承知しません。困ったものだと思ってましたら、娘もいよいよお金がなくなったのでしょう。あの羽織を質入れしたり、掛け軸を道具屋に売ったりしたところ、ついにあなたの目に留まったようで、申し訳ありません」

原文 (会話文抽出)

「いけねえ。いけねえ。幽霊が死んだら蘇生ってしまうばかりだ。まあ、騒いじゃあいけねえ。おめえの為にならねえ」
「親分さん。済みません。どうぞ殺して……殺してください」
「もう判ったかね」
「あの掛地を持って来たのは長作だろう。ほかには何も持って来なかったかえ。羽織を持って来やしなかったか」
「持ってまいりました」
「先月の二十四日の晩だろうね」
「左様でございます」
「もう斯うなったらしようがねえ。何もかもぶち撒けて云って貰おうじゃあねえか。長作はあの掛地と羽織を持って来て、なんと云ったえ」
「博奕に勝って、その質に取って来たと云いました。掛地や泥だらけの羽織はすこしおかしいと思いましたけれど、羽織の泥は干して揉み落して、そのままにしまっておきました」
「その羽織はまだあるかえ」
「いいえ、もう質に入れてしまいました」
「おめえのお父っさんも、その晩に森川宿の方へ行ったろう。なんの用で行ったんだ」
「内の人を迎えに行ったのでございます」
「藤代様のお屋敷の大部屋で毎日賭場が開けるもんですから、長作はその方へばかり入り浸っていて、仕事にはちっとも出ません。お父っさんも心配して、今夜はおれが行って引っ張って来ると云って、雪のふる中を出て行きますと、途中で行き違いになったと見えまして、長作は濡れて帰って来ました。それから一時ほども経ってからお父っさんも帰って来ました。門口から長作はもう帰ったかと声をかけましたから、もう帰りましたと返事をしますと、そのまま自分の家へ帰ってしまいました」
「それから長作はどうした」
「あくる朝は仕事に出ると云って家を出て、やっぱりいつもの博奕場へはいり込んだようでございました。それからはちっとも家に落ち着かないで……。それまではどんなに夜が更けても、きっと家へ帰って来たんですが、その後はどこを泊まりあるいているのですか、三日も四日もまるで帰らないことがあるもんですから、わたくしも心配でたまりません。といって、お父っさんの耳へ入れますと、また余計な苦労をかけなければなりませんから、わたくしがそっと藤代様のお屋敷に迎いに行きましたが、夜は御門が厳重に閉め切ってあるので、女なんぞは入れてくれません。どうしようかと思って、松円寺の塀の外に立っていて、いっそもうあの銀杏に首でも縊ってしまおうかと考えていますと、そこへ二人連れの男が通りかかったもんですから、あわてて其処を逃げてしまいました」
「長作はそれぎり帰らねえのか」
「それから二、三度帰りました」
「掛地や羽織のほかに金を見せたことはねえか」
「掛地や羽織を持って帰ったときに、博奕に勝ったと云って、わたくしに十両くれました。けれども、その後に又そっくり取られてしまったからと云って、その十両をみんな持ち出してしまいました。だんだんに押し詰まっては来ますし、家には炭団を買うお銭もなくなっていますし、お父っさんの方へもたびたび無心にも行かれませんし、よんどころなしにその羽織を質に入れたり、掛地を道具屋の小父さんに買って貰ったりして、どうにかこうにか繋いで居りますと、長作はけさ早くに何処からかぼんやり帰って来まして、一文無しで困るから幾らか貸してくれと云います。貸すどころか、こっちが借りたいくらいで、あの羽織も質に置き、掛地も売ってしまったと申しますと、長作は急に顔の色を悪くしまして、黙ってそれぎり出て行ってしまいました。出るときにたった一言、誰が来て訊いても掛地や羽織のことはなんにも云うなと申して行きました」
「そうか。よし、それでみんな判った。いや、まだ判らねえところもあるが、そこはまあ大目に見て置く」
「それにしても、長作の居どこの知れるまではお前をこのままにして置くわけには行かねえ。ともかくも町内預けにして置くからそう思ってくれ」
「実はあの晩、長作を迎いに行きまして、ちょうど行き違いになって松円寺のそばを通りますと、化け銀杏の下に一人の男が倒れていました。介抱して主人の家へ送りとどけてやりましたが、その男は河内屋の番頭で、胴巻に入れた金と大切の掛地と双子の羽織とを奪られましたそうでございます。その時はなんにも気がつきませんでしたが、あとで聞きますと長作はその晩に掛地と泥だらけの双子の羽織とを持ち帰りましたそうで、それを聞いたわたくしは慄然としました。しかし、今更どうすることも出来ませんので、娘にもそのわけをそっと云い聞かせまして、係り合いにならないうちに早く長作と縁を切ってしまえと意見をしましたが、娘はまだ長作に未練があるとみえまして、どうも素直に承知いたしません。困ったものだと思って居りますうちに、娘もいよいよ手許が詰まったのでございましょう。その羽織を質に入れたり、掛地を道具屋に売ったりしたもんですから、とうとうお目に止まったような次第で、なんとも申し訳がございません」


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