岡本綺堂 『半七捕物帳』 「おめえは其の後にお鎌に逢ったか」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』

現代語化

「お前はその後に、お鎌に会ったか」
「ここの井戸から4人の死体が上がったって噂を聞いて、私もすぐ駆けつけてみると、お鎌も来てました。何しろ最初に死体を見つけた本人ですから、名主さんたちからいろいろのことを聞かれてましたが、私はなんだか気が引けて、なるべく後ろの方に下がって、遠くから見てました。その時限りでお鎌に会ったことはありません」
「死体を見つけたのは、十五夜から4日目だというじゃあないか。その間、一度もお鎌に会わなかったのか」
「会いませんでした」
「親分、お鎌はいませんよ」
「家にいないのか」
「荒物屋の店は空っぽで、どこへ行ったのか近所の人も知らないって言います。何しろ、こっちの方も気になって、案内の男だけを見張りに残しておいて、私はいったん引き返してきたのですが、どうしましょう」
「どうにもなるまい」
「後知恵はいくらでもある。こうとわかっていたら早くあの婆を引き留めればよかった。それで、頼んだ物を持ってきたか」
「店に入って探したら、毎日の売り上げを付けておく小さい帳面がありました。これじゃあ役に立ちませんか」
「むむ。何でもいい」
「十五や気をつけて」
「なるほど、似ているようですね」
「似ているじゃねぇ。確かに同筆だ。この寺にはいろいろの奴らが集まってきて、その置手紙を木魚の口に投げ入れておいて、何か打ち合わせをすることになってるらしい、そこまではまず分かったが、さてこの十五夜気をつけて……。誰に気をつけろっていうのかな」
「おい、元八。お前はその芭蕉の木陰で立ち聞きをしていて、なんにも話し声は聞こえなかったか」
「声が低いので、よく聞き取れませんでした。ただ一度、全真って納所坊主がこの縁側から月を眺めて、ああいい月だ、諏訪神社の祭礼ももうすぐだなって言った時に、住職の全達が笑いながら、諏訪の祭りが見たかったらすぐに出て行け、10月までには間に合うだろうって言って、みんなで大きな声で笑っていました」
「諏訪の祭り……信州かな」
「いや、信州の諏訪は10月じゃあるまい」
「10月の祭りなら、長崎の諏訪だろう。九州一の祭りで、たいそう立派だっていう話だ。そんな話を誰かに聞いたことがあるようだ。むむ、長崎か……長崎か……」
「いつまでここに罠をしかけていても、化け猫や狐が簡単に引っかかってきそうにねぇ。とにかくも一旦引き揚げて緑屋に行くとしよう」
「荒物屋の方はどうしますね」
「あの男にばかり任せておけない。お前も行っていきなり張り込めばいい。私もいずれ後から行く。元八はいつまた呼ぶかもしれないから、家に帰って大人しくしてるんだ。決して外に出ちゃならねぇぞ」
「あの野郎はどうでしたか。妙に怒ってるじゃありませんか」
「遊び人と言ってもしれてる、安い野郎だ。あいつ意外に正直者だから、何かの囮になるかもしれない。まぁ、当分は放し飼いだ」
「またお邪魔に出ました。日が暮れるまで通りに突っ立ってもいられねぇから、軒先を借りに来ました。どうぞ気になさらないでください」
「どうだね。お前さんの勘は……。だいたい見当はついたかね」
「真っ暗闇で、目も鼻も効きません」
「何しろ日が暮れてから、もう一度出直してみるつもりだ」
「じゃあ、ゆっくり休んで行ってください。古い寺に化け物の調査に行くのは、やっぱり夜の仕事だろうな」
「そこで、どうだね。元八の奴を呼びにやろうか」
「元八は来ましたよ」
「寺へか。お前さんたちのあとを尾けて……。はは、バカ野郎め、さぞかし驚いただろうな」
「驚かしもしねぇが、ちっとばかり口を押さえておきましたよ。そこで、ちょっといかがか存じますが、この辺りに長崎者はいませんか」
「長崎者……。そんな遠い国の者は住んでいないようだが……。いや、ある、ある。この近所で荒物屋をしているお鎌って女……。それ、さっきも話した通り、古井戸の死体を最初に見つけ出した女だ。長崎だかどうだか確かには知らねぇが、なんでも遠い九州の生まれだって聞いたようだ。それがどうかしたのか」
「いや、どうということもねぇのですが、そのお鎌というのが姿を消したらしいので……。お前さんも知っておいででしょうが、元八は十五夜の晩に、あの寺でお鎌から1歩もらったそうですよ」
「へぇ」
「あの野郎、俺には隠していたが、そんなことがあったのか。すると、あいつもいよいよ関係合いは抜けねぇ。お鎌って女もただ者じゃねぇらしいな」
「そうですね」

原文 (会話文抽出)

「おめえは其の後にお鎌に逢ったか」
「ここの井戸から四人の死骸が揚がったという評判を聞いて、わたしもすぐに駈け着けてみると、お鎌も来ていました。なにしろ最初に死骸を見付けた本人ですから、名主さん達からいろいろのことを訊かれていましたが、わたしは何だか気が咎めるので、なるたけ後の方へ引きさがって、遠くから覗いていました。その時ぎりでお鎌に逢ったことはありません」
「死骸を見つけたのは、十五夜から四日目だというじゃあねえか。そのあいだに、一度もお鎌に逢わなかったのか」
「逢いませんでした」
「親分、お鎌はいませんよ」
「家にいねえのか」
「荒物屋の店は空明きで、何処へ出て行ったのか近所の者も知らねえと云うのです。なにしろ、こっちの方も気になるので、案内の男だけを見張りに残して置いて、わっしは一旦引っ返して来たのですが、どうしましょう」
「どうにも仕方があるめえ」
「下司の知恵はあとから出る。こうと知ったら早くあの婆を引き挙げればよかった。そこで、頼んだ物を持って来たか」
「店へはいって探してみたら、毎日の売り揚げを付けて置く小さい帳面がありました。これじゃあ役に立ちませんか」
「むむ。なんでもいい」
「十五や御ようじん」
「成程、似ているようですね」
「似ているじゃねえ。確かに同筆だ。この寺へはいろいろの奴らが寄り集まって来て、その置手紙を木魚の口へ投げ込んで置いて、なにかの打ち合わせをすることになっているらしい、そこまでは先ず判ったが、さてこの十五夜御用心……。誰に用心しろと云うのかな」
「おい、元八。おめえはその芭蕉のかげで立ち聴きをしていて、なんにも話し声は聞えなかったか」
「声が低いので、よく聴き取れませんでした。ただ一度、全真という納所坊主がこの縁側から月をながめて、ああいい月だ、諏訪神社の祭礼ももう直ぐだなと云うと、住職の全達が笑いながら、諏訪の祭りが見たければ直ぐ出て行け、十月までには間に合うだろうと云って、みんなが大きい声で笑っていました」
「諏訪の祭り……信州かな」
「いや、信州の諏訪は十月じゃあるめえ」
「十月の祭りならば、長崎の諏訪だろう。九州一の祭りで、たいそう立派だそうだ。そんな話を誰かに聞いたことがあるようだ。むむ、長崎か……長崎か……」
「いつまでここに罠をかけていても、化け猫や狐が安々と掛かって来そうもねえ。ともかくも一旦引き揚げて緑屋へ行くとしよう」
「荒物屋の方はどうしますね」
「あの男にばかり任かしちゃあ置かれねえ。おめえも行って気長に張り込んでいろ。俺もいずれ後から行く。元八はいつまた呼ぶかも知れねえから、家へ帰っておとなしくしていろよ。決して外へ出ちゃならねえぞ」
「あの野郎はどうでした。妙におこ付いているじゃありませんか」
「道楽者と云ったところで、安い野郎だ。あいつ案外の正直者だから、なにかの囮になるかも知れねえ。まあ、当分は放し飼いだ」
「又お邪魔に出ました。日の暮れるまで往来に突っ立ってもいられねえから、軒下を借りに来ました。どうぞ構わねえで置いて下さい」
「どうだね。お前さんの眼利きは……。たいてい見当は付いたかね」
「おさき真っ暗で眼も鼻も利きません」
「なにしろ日が暮れてから、もう一度出直して見たいと思います」
「じゃあ、ゆっくり休んで行きなせえ。古寺へ化け物の詮議に行くのは、やっぱり夜の仕事だろうな」
「そこで、どうだね。元八の奴を呼びにやろうか」
「元八は来ましたよ」
「寺へか。お前さん達のあとを尾けて……。はは、馬鹿野郎め、定めし嚇かされたろうな」
「嚇かしもしねえが、ちっとばかり口を取って置きましたよ。そこで、ちょいと伺いたいのですが、ここらに長崎者はいませんかね」
「長崎者……。そんな遠国の者は住んでいねえようだが……。いや、ある、ある。この近所で荒物屋をしているお鎌という女……。それ、さっきも話した通り、古井戸の死骸を最初に見つけ出した女だ。長崎だかどうだか確かには知らねえが、なんでも遠い九州の生まれだと聞いたようだ。それがどうかしたのかえ」
「いや、どうということもねえのですが、そのお鎌というのが影を隠したらしいので……。お前さんも知っていなさるか知らねえが、元八は十五夜の晩に、あの寺でお鎌から一歩貰ったそうですよ」
「へええ」
「あの野郎、おれには隠していやあがったが、そんな事があったのかえ。してみると、あいつもいよいよ係り合いは抜けねえ。お鎌という女も唯は置かれねえ奴らしいな」
「そうでしょうね」


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