芥川龍之介 『首が落ちた話』 「あいつはそれを見た時に、しみじみ今までの…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 芥川龍之介 『首が落ちた話』

現代語化

「あいつはそれを見たとき、今までの人生を反省したって言ってたよ」
「それが戦争が終わるとすぐチンピラになったのか。やっぱり人間は当てにならないな」
「当てにならないってことは、あいつが偽善者だったってこと?」
「そうだよ」
「いや、俺はそうは思わない。せめてあの時は、あいつも本気でそう思ったんだろう。多分今回もまた、首が落ちたとき(新聞の言葉のまま使えば)同じように思ったはずだ。俺はこう想像するよ。あいつは喧嘩の最中に、酔ってたから、簡単にテーブルと一緒に吹っ飛ばされた。それで勢いで傷口が開いて、長い辮髪がついた首が、ゴロンと床に転がったんだ。あいつが前に見た母親の服とか、女の素足とか、あるいはまた花が咲いてるゴマ畑とかいうものは、やっぱりその瞬間、あいつの目の前をくっきりと通ったろう。屋根はあるのに、あいつは深い青空を、遠く向こうに見つめたかもしれない。あいつはあのとき、またしみじみ今までの人生を反省した。でも今回はもう手遅れだった。前は気を失ってたところを、日本の衛生兵が助けて介抱してくれた。今は喧嘩の相手が、そこをついて殴ったり蹴ったりする。そこであいつは後悔した上で後悔しながら息を引き取ったんだ」
「君はすごい想像力だな。でも、それならどうしてあいつは、一度そういう目に遭ったのに、チンピラなんかになったんだろう」
「それは君の言うのとは違う意味で、人間は当てにならないからだ」
「俺たちは俺たち自身の当てにならないことを、よく知っておく必要がある。実際それを知ってるやつだけが、ちょっとは当てになるんだ。そうしないと、何小二の首が落ちたように、俺たちの人格も、いつどんなとき首が落ちるかわからない。――中国の新聞っていうのは、全部こんな感じで読まなきゃいけないんだ」

原文 (会話文抽出)

「あいつはそれを見た時に、しみじみ今までの自分の生活が浅ましくなって来たと云っていたっけ。」
「それが戦争がすむと、すぐに無頼漢になったのか。だから人間はあてにならない。」
「あてにならないと云うのは、あいつが猫をかぶっていたと云う意味か。」
「そうさ。」
「いや、僕はそう思わない。少くともあの時は、あいつも真面目にそう感じていたのだろうと思う。恐らくは今度もまた、首が落ちると同時に(新聞の語をそのまま使えば)やはりそう感じたろう。僕はそれをこんな風に想像する。あいつは喧嘩をしている中に、酔っていたから、訳なく卓子と一しょに抛り出された。そうしてその拍子に、創口が開いて、長い辮髪をぶらさげた首が、ごろりと床の上へころげ落ちた。あいつが前に見た母親の裙子とか、女の素足とか、あるいはまた花のさいている胡麻畑とか云うものは、やはりそれと同時にあいつの眼の前を、彷彿として往来した事だろう。あるいは屋根があるにも関らず、あいつは深い蒼空を、遥か向うに望んだかも知れない。あいつはその時、しみじみまた今までの自分の生活が浅ましくなった。が、今度はもう間に合わない。前には正気を失っている所を、日本の看護卒が見つけて介抱してやった。今は喧嘩の相手が、そこをつけこんで打ったり蹴ったりする。そこであいつは後悔した上にも後悔しながら息をひきとってしまったのだ。」
「君は立派な空想家だ。だが、それならどうしてあいつは、一度そう云う目に遇いながら、無頼漢なんぞになったのだろう。」
「それは君の云うのとちがった意味で、人間はあてにならないからだ。」
「我々は我々自身のあてにならない事を、痛切に知って置く必要がある。実際それを知っているもののみが、幾分でもあてになるのだ。そうしないと、何小二の首が落ちたように、我々の人格も、いつどんな時首が落ちるかわからない。――すべて支那の新聞と云うものは、こんな風に読まなくてはいけないのだ。」


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