島崎藤村 『新生』 「多分、兄さんは私が旅に出た時のこともよく…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 島崎藤村 『新生』

現代語化

「多分、お兄さんは私が旅に出たときのこともよくご存知ないと思いますがー」
「外国に子どももいないんだから、二度と兄さんにはお目にかかりません」
「おう。その話が出れば言うが」
「まずどうも、子どもを置いていって外国に行ってしまうなんてことはー常識のあるものにはできないことですよ。お前はどうだったんだ、嘉代が田舎から出てくる前に、神戸のほうに子どもを置いていってしまっただろう。『捨さんはまだ神戸にいるそうだ』って、嘉代なんか出てきてびっくりしていたよ」
「そりゃもう姉さんが腹を立てたのも、もっともです」
「あのときのことを話せば、俺はまだ名古屋にいて、お前の不始末を知ったんだ。それから東京に出てきた。嘉代が俺の袖を引いて、『どうも節ちゃんの様子がおかしいぞ。あの子に聞いても泣いているばかりで、どうもこれはただ事じゃない。あなたがまた下手なことを言い出したらどうなるかわからないわ』って彼女が言うじゃないか。そこで俺が嘉代に、『わかった、わかった、お前はここにいるな、お前は何事も言うな』と。そのときもうお前、節ちゃんはどうだろう――」
「いや、その話を聞くまでもなく、私も一度は死を決したんです」
「そりゃお前のことだから、それくらいのことはあっただろうーそりゃ、あったろうー」
「私も子どもは置いてきたし、おめおめと国には帰ってきましたが、しかしこのことのためには今日まで自分のできるだけのことをしたつもりです」
「その点は申し分ないよ。その点は完全無欠だ。お前も一度死を決したという以上は、その時点でこのことは終わりを迎えたものじゃないか。お前みたいに気にするところが、そこがお前の性質だ。そこがお前みたいに学問にでも凝ろうっていうところなんだ。そりゃ俺だって、お前の気持ちは理解してないわけじゃない。お前が神戸を立つときにも書けなかった手紙を香港の船の中で俺のところに書いたっていう気持ちは、俺にもわかる。その気持ちがわかればこそ、俺はお前の不始末を引き受けたんだ。お前がまたフランスから帰って来たときに、出迎えの人を一切断って、ひとりでポツンと品川についたなんてことも、俺はちゃんと見ている。そりゃ、まあ、不始末といえば不始末だけど、お前みたいに気にするなんてことが俺から見ればおかしい。誰にだってこんなことはあるーみんな似たようなことをやってるーこんなことぐらいが一体、なんだ」

原文 (会話文抽出)

「多分、兄さんは私が旅に出た時のこともよく御存じないだろうと思いますが――」
「国の方に子供でもなければ、二度と兄さんにお目に掛るつもりはありませんでした」
「や。その話が出れば言うが」
「先ずどうも、子供を頼んで置いて外国へ出掛けて行くというのに、留守居のものにも逢わずに行ってしまうなんてことは――常識のあるものには出来ないことだサ。お前は何だったろう、嘉代が田舎から出て来る前に、神戸の方へ子供を置いて行ってしまったろう。『捨さんは未だ神戸に居るそうだ』ッて、嘉代なぞは出て来て見て呆れてしまった」
「そりゃもう姉さんの腹を立たれたのは、御尤もです」
「あの時のことを話せば、俺は未だ名古屋に居て、お前の不始末を知った。それから東京へ出て来て見た。嘉代が俺の袖を引いて、『どうも節ちゃんの様子がおかしいぞなし、あの娘に訊いても泣いてばかりいるが、どうもこれは只ではない、貴方がまた下手なことを言出したらどういうことに成るか知れんぞなし』と彼女が言うじゃないか。そこで俺が嘉代に、『解った、解った、貴様はここへ出るな、貴様は何事も言うな』と。その時はもうお前、節ちゃんはこれだろう――」
「いや、その話を伺うまでもなく、私も既に一度は死を決したものです」
「そりゃお前のことだから、それくらいのことは有ったろう――そりゃ、有ったろう――」
「私も子供は控えておりますし、おめおめと国へは帰って来ましたが、しかしこの事のためには今日まで自分の力に出来るだけのことをしたつもりです」
「その点は申し分は無いサ。その点は完全無欠だ。お前も一度死を決したという以上は、その時にこの事は終りを告げたものじゃないか。お前のようにそう気にするところが、そこがお前の性分だ。そこがお前のように学問にでも凝ろうというところだ。そりゃ俺だって、お前の心情を汲まんでは無い。お前が神戸を立つ時にも書けなかった手紙を香港の船の中で俺の許へ書いてよこしたという心持は、俺にも解ってる。その心持が解ればこそ、俺はお前の不始末を引受けた。お前がまた仏蘭西から帰って来た時に、出迎えの人を一切断って、独りでポツンと品川へ着いたなんてことも、俺はちゃんと見てる。そりゃ、まあ、不始末と言えば不始末だが、お前のようにそう気にするなんてことが俺なぞから見れば可笑しい。誰にだってこんなことは有る――みんな似たようなことをやってる――こんなことぐらいが一体、何だ」


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