夏目漱石 『三四郎』 「ちょっと行ってまいります」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『三四郎』

現代語化

「ちょっと行ってくる」
「先生は里見のお嬢さんを乱暴だって言ったよね」
「うん。先生は思いつきでしゃべる人だから、時と場合によって何でも言うよ。そもそも先生が女について語るのがおかしいよ。先生の女に関する知識はたぶんゼロだろう。セックスしたことのない奴に女がわかるわけねえ」
「先生はともかく、君は先生の意見に同意したんじゃない?」
「うん、乱暴だって言った。なんでだ?」
「どこが乱暴なんだよ」
「どこもかもだよ。今の女性はみんな乱暴に決まってる。あの人だけじゃないよ」
「君はあの人をイプセンの人物に似てるって言ったよね」
「言った」
「イプセンの誰に似てると思ってるの?」
「誰って……似てるでしょ」
「イプセンの人物に似てるのは里見のお嬢さんだけじゃないよ。今の一般的な女性はみんな似てる。女性だけじゃない。新しい考え方に触れた男もみんなイプセンの人物に似てる部分がある。ただ男も女もイプセンみたいに自由に動かないだけなんだよ。心の中ではたいていムラムラしてる」
「俺はあんまり、ムラムラしてない」
「してないと思い込んでるだけだよ。どんな社会にも欠点がないわけないだろ」
「それはないだろう」
「ないとしたら、その社会で暮らしてる生き物はどこかに不満を感じるはずだよ。イプセンの人物は、今の社会の欠点を一番はっきりと感じた人間なんだ。俺たちもそのうちああなってくるよ」
「そう思う?」
「俺だけじゃない。偉い人たちはみんなそう思ってる」
「君の家の先生もそんな考えか」
「うちの先生? 先生はわかんないな」
「だって、さっき里見さんを評して、落ち着いてて乱暴だって言ったじゃない。それを考えると、周りに合わせていられるから落ち着いてられるけど、どこかに不満があるから、本質的には乱暴って意味じゃないの?」
「なるほど。先生はすごいところがあるよ。ああいう人の話を聞くとやっぱりすごい」
「実は今日君に用事があるって言ったのはね。その前に、あの偉大なる暗闇って読んだ?あれを読んでないと俺の用事が理解できないから」
「今日帰ってから読んだ」
「どうだった?」
「先生はどう言ったの?」
「先生は読むわけないじゃん。全然知らないよ」
「そうだよな。面白いことは面白いんだけどさ、なんだか腹にたまらないビールを飲んだみたいだな」
「それでいいんだ。読んでやる気が出ればいいんだから。だから匿名にしてるんだ。今はまだ準備段階だから。今はこうやっておいて、ちょうどいいタイミングで本名を出してデビューする。それはそれとして、さっきの用事を話そう」

原文 (会話文抽出)

「ちょっと行ってまいります」
「先生は里見のお嬢さんを乱暴だと言ったね」
「うん。先生はかってな事をいう人だから、時と場合によるとなんでも言う。第一先生が女を評するのが滑稽だ。先生の女における知識はおそらく零だろう。ラッブをしたことがないものに女がわかるものか」
「先生はそれでいいとして、君は先生の説に賛成したじゃないか」
「うん乱暴だと言った。なぜ」
「どういうところを乱暴というのか」
「どういうところも、こういうところもありゃしない。現代の女性はみんな乱暴にきまっている。あの女ばかりじゃない」
「君はあの人をイブセンの人物に似ていると言ったじゃないか」
「言った」
「イブセンのだれに似ているつもりなのか」
「だれって……似ているよ」
「イブセンの人物に似ているのは里見のお嬢さんばかりじゃない。今の一般の女性はみんな似ている。女性ばかりじゃない。いやしくも新しい空気に触れた男はみんなイブセンの人物に似たところがある。ただ男も女もイブセンのように自由行動を取らないだけだ。腹のなかではたいていかぶれている」
「ぼくはあんまり、かぶれていない」
「いないとみずから欺いているのだ。――どんな社会だって陥欠のない社会はあるまい」
「それはないだろう」
「ないとすれば、そのなかに生息している動物はどこかに不足を感じるわけだ。イブセンの人物は、現代社会制度の陥欠をもっとも明らかに感じたものだ。我々もおいおいああなってくる」
「君はそう思うか」
「ぼくばかりじゃない。具眼の士はみんなそう思っている」
「君の家の先生もそんな考えか」
「うちの先生? 先生はわからない」
「だって、さっき里見さんを評して、おちついていて乱暴だと言ったじゃないか。それを解釈してみると、周囲に調和していけるから、おちついていられるので、どこかに不足があるから、底のほうが乱暴だという意味じゃないのか」
「なるほど。――先生は偉いところがあるよ。ああいうところへゆくとやっぱり偉い」
「じつはきょう君に用があると言ったのはね。――うん、それよりまえに、君あの偉大なる暗闇を読んだか。あれを読んでおかないとぼくの用事が頭へはいりにくい」
「きょうあれから家へ帰って読んだ」
「どうだ」
「先生はなんと言った」
「先生は読むものかね。まるで知りゃしない」
「そうさな。おもしろいことはおもしろいが、――なんだか腹のたしにならないビールを飲んだようだね」
「それでたくさんだ。読んで景気がつきさえすればいい。だから匿名にしてある。どうせ今は準備時代だ。こうしておいて、ちょうどいい時分に、本名を名乗って出る。――それはそれとして、さっきの用事を話しておこう」


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