夏目漱石 『三四郎』 「君の所の先生の名はなんというのか」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『三四郎』

現代語化

「君の学校の先生の名前は?」
「萇って言うんだ」
「へんな字だな。辞書にあるのかな。変なのをつけたんだね」
「高校の先生?」
「昔からずっと高校の先生。すごいよ。十年一日のごとくっていうけど、もう12、3年になるみたい」
「子供はいるの?」
「どころか、まだ独身だよ」
「なんで結婚しないんだろう」
「それが先生のすごいところで、理論家なんだ。結婚する前から、結婚は駄目だって理論で決まってるんだって。バカだよね。だからいつも矛盾だらけなんだ。先生は、東京ほど汚い所はないって言う。なのに石の門見るとビビって、すごいすごいとか、立派すぎるとか言うんだ」
「じゃあ、試しに結婚してみたら?」
「大賛成だって言うかも」
「先生は東京が汚いとか、日本人がブサイクとか言うけど、海外に行ったことあるの?」
「ないよ。そういう人なんだ。何でも想像力の方が現実より発達してるから、そうなるんだね。その代わり西洋は写真で研究してる。パリの凱旋門とか、ロンドンの国会議事堂とか、いっぱい持ってる。その写真で日本を評価してるんだから大変だ。汚いわけだよ。なのに自分が住んでる所は、いくら汚くても平気みたいで不思議」
「三等車に乗ってたけど」
「汚いって文句言わないの?」
「いや、別に文句も言わなかった」
「でも先生って哲学者だよね」
「学校で哲学も教えてる?」
「学校じゃ英語しか教えてないけど、人間がそのまま哲学みたいになってるの」
「本とか書いてるの?」
「何も書いてない。たまに論文を書くけど、全然話題にならない。じゃだめだよ。誰も知らないんだから仕方ない。先生は、俺のことを行灯だと言ったけど、先生こそは偉大な闇だよ」
「なんとか、世の中に出て行けばいいのに」
「出ればよさそうだけどね。――先生って、自分じゃ何もやらない人なんだ。そもそも俺がいなきゃ飯も食えない人なんだ」
「嘘じゃないよ。可哀想なくらい何もやらないんだ。全部、俺が女中に頼んで、先生の気にいるようにしてるんだけど――そんな細かいことはいいとして、これから俺が頑張って先生を大学教授にしてやる」
「引っ越す時は絶対手伝ってよ」

原文 (会話文抽出)

「君の所の先生の名はなんというのか」
「名は萇」
「艸冠がよけいだ。字引にあるかしらん。妙な名をつけたものだね」
「高等学校の先生か」
「昔から今日に至るまで高等学校の先生。えらいものだ。十年一日のごとしというが、もう十二、三年になるだろう」
「子供はおるのか」
「子供どころか、まだ独身だ」
「なぜ奥さんをもらわないのだろう」
「そこが先生の先生たるところで、あれでたいへんな理論家なんだ。細君をもらってみないさきから、細君はいかんものと理論できまっているんだそうだ。愚だよ。だからしじゅう矛盾ばかりしている。先生、東京ほどきたない所はないように言う。それで石の門を見ると恐れをなして、いかんいかんとか、りっぱすぎるとか言うだろう」
「じゃ細君も試みに持ってみたらよかろう」
「大いによしとかなんとか言うかもしれない」
「先生は東京がきたないとか、日本人が醜いとか言うが、洋行でもしたことがあるのか」
「なにするもんか。ああいう人なんだ。万事頭のほうが事実より発達しているんだからああなるんだね。その代り西洋は写真で研究している。パリの凱旋門だの、ロンドンの議事堂だの、たくさん持っている。あの写真で日本を律するんだからたまらない。きたないわけさ。それで自分の住んでる所は、いくらきたなくっても存外平気だから不思議だ」
「三等汽車へ乗っておったぞ」
「きたないきたないって不平を言やしないか」
「いやべつに不平も言わなかった」
「しかし先生は哲学者だね」
「学校で哲学でも教えているのか」
「いや学校じゃ英語だけしか受け持っていないがね、あの人間が、おのずから哲学にできあがっているからおもしろい」
「著述でもあるのか」
「何もない。時々論文を書く事はあるが、ちっとも反響がない。あれじゃだめだ。まるで世間が知らないんだからしようがない。先生、ぼくの事を丸行燈だと言ったが、夫子自身は偉大な暗闇だ」
「どうかして、世の中へ出たらよさそうなものだな」
「出たらよさそうなものだって、――先生、自分じゃなんにもやらない人だからね。第一ぼくがいなけりゃ三度の飯さえ食えない人なんだ」
「嘘じゃない。気の毒なほどなんにもやらないんでね。なんでも、ぼくが下女に命じて、先生の気にいるように始末をつけるんだが――そんな瑣末な事はとにかく、これから大いに活動して、先生を一つ大学教授にしてやろうと思う」
「引っ越しをする時はぜひ手伝いに来てくれ」


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