夏目漱石 『野分』 「六ずかしい問題じゃ、わたしにもわからん」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「難しい問題だから、俺にも分からない」
「それは分からなくても問題ない。でも、俺たちは何のために生きてるのか? これは知っておくべきことだ。明治は40年が経った。40年というのは短い時間じゃない。明治の仕事はこれで一段落した……」
「ノー、ノー」
「どこからかノー、ノーって声がする。俺はそいつに同意する。そういう人がいるだろうと思って待ってたんだ」
「ああ、本当に待ってたんだ」
「俺は40年間を短いとは言わなかった。確かに、実際に生きてみれば長い。でも明治以外の人から見たらやっぱり長いだろうか。望遠鏡のレンズは直径1インチだ。でも愛宕山から見たら品川の海がその1インチの中に入ってしまう。明治の40年を長いと言う奴は、明治の狭苦しいところに埋まってる奴の言うことだ。後世から見たらもっと短くなってしまう。もっと遠くから見たら、一瞬のうちに過ぎないだろう。――一瞬のうちに何ができると言うんだ」
「政治家は偉大な仕事をしたつもりでいる。学者も偉大な仕事をしたつもりでいる。実業家も軍人もみんな偉大な仕事をしたつもりでいる。つもりでいるがそれは自分のつもりだ。明治40年の世の中に首を突っ込んでるから、つもりになるんだ。――一瞬のうちに何ができると言うんだ」
「世の中の人は言う。明治も40年になる、まだシェイクスピアが出ない、まだゲーテが出ないって。40年を長いと思ってるからこそ、そんな愚痴が出るんだ。一瞬のうちに何が出るって言うんだ」
「もう出るだろう」
「もう出てるかもしれない。でも今までに出てないことは確かだ。――一言で言うと」
「明治40年の時代は、明治開化の初期だ。言い換えると今の俺たちは過去のない開化の中に生きている。だから俺たちは過去を伝えるために生まれたんじゃない。――時間は昼も夜も関係なく流れていく。過去のない時代はない。――みんな間違えてはいけない。俺たちはもちろん過去を持っている。でもその過去は年老いた過去か、幼い過去だ。ならうべき過去は何もない。明治の40年は前例のない40年だ」
「前例のない社会に生まれた者ほど自由なものはない。俺はみんながこの前例のない社会に生まれたことを心から祝福する」
「ひや、ひや」
「安易に賛成しないでほしい。前例のない社会に生まれた者は、自分で前例を作らないといけない。束縛のない自由を享受する者は、すでに自由のために束縛されているんだ。この自由をどう使いこなすかは、みんなの権利と同時に大きな責任だ。みんな。偉大な理想を持たない奴の自由は堕落だ」

原文 (会話文抽出)

「六ずかしい問題じゃ、わたしにもわからん」
「それはわからんでも差支ない。しかし吾々は何のために存在しているか? これは知らなくてはならん。明治は四十年立った。四十年は短かくはない。明治の事業はこれで一段落を告げた……」
「ノー、ノー」
「どこかでノー、ノーと云う声がする。わたしはその人に賛成である。そう云う人があるだろうと思うて待っていたのである」
「いや本当に待っていたのである」
「私は四十年の歳月を短かくはないと申した。なるほど住んで見れば長い。しかし明治以外の人から見たらやはり長いだろうか。望遠鏡の眼鏡は一寸の直径である。しかし愛宕山から見ると品川の沖がこの一寸のなかに這入ってしまう。明治の四十年を長いと云うものは明治のなかに齷齪しているものの云う事である。後世から見ればずっと縮まってしまう。ずっと遠くから見ると一弾指の間に過ぎん。――一弾指の間に何が出来る」
「政治家は一大事業をしたつもりでいる。学者も一大事業をしたつもりでいる。実業家も軍人もみんな一大事業をしたつもりでいる。したつもりでいるがそれは自分のつもりである。明治四十年の天地に首を突き込んでいるから、したつもりになるのである。――一弾指の間に何が出来る」
「世の中の人は云うている。明治も四十年になる、まだ沙翁が出ない、まだゲーテが出ない。四十年を長いと思えばこそ、そんな愚痴が出る。一弾指の間に何が出る」
「もうでるぞ」
「もうでるかも知れん。しかし今までに出ておらん事は確かである。――一言にして云えば」
「明治四十年の日月は、明治開化の初期である。さらに語を換えてこれを説明すれば今日の吾人は過去を有たぬ開化のうちに生息している。したがって吾人は過去を伝うべきために生れたのではない。――時は昼夜を舎てず流れる。過去のない時代はない。――諸君誤解してはなりません。吾人は無論過去を有している。しかしその過去は老耄した過去か、幼稚な過去である。則とるに足るべき過去は何にもない。明治の四十年は先例のない四十年である」
「先例のない社会に生れたものほど自由なものはない。余は諸君がこの先例のない社会に生れたのを深く賀するものである」
「ひや、ひや」
「そう早合点に賛成されては困る。先例のない社会に生れたものは、自から先例を作らねばならぬ。束縛のない自由を享けるものは、すでに自由のために束縛されている。この自由をいかに使いこなすかは諸君の権利であると同時に大なる責任である。諸君。偉大なる理想を有せざる人の自由は堕落であります」


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