夏目漱石 『野分』 「どこぞへ行ったのかい」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「どこかに行ってたの?」
「ええ」
「そうか、真田のところをずっと引っ張っておくわけにもいかないし、大家さんもなんとかしなきゃならないし、今月末には米代や薪代の支払いが迫ってるから、お金の工面に出かけたんです」
「そうか、質屋に行ったのか?」
「質に入れるようなもの、もう残ってないんです」
「じゃ、どこに行ったの?」
「どこって、行くところなんてないから、お兄さんのところに行きました」
「兄のところ? ダメだよ。兄のところなんて行っても、何にもならないよ」
「そう、あなたはいつも最初から文句ばっかり言われるから、よくないんです。教育が違うだの、性格が合わないだの言っても、血を分けた兄弟じゃないの」
「兄弟は兄弟さ。兄弟じゃないとは言わないよ」
「だからさ、膝を突き合わせて相談しましょうって言うじゃない。こういう時は、少し相談に来てもいいでしょ」
「俺は行かないよ」
「それが意地ですよ。あなたがそうやって意地を張るのが癖なんです。損じゃないですか、わざわざ嫌われるなんて……」
「それで才覚がついたのか?」
「あなたは何でも早とちりだ」
「何が?」
「だって、才覚がつく前にいろいろ考えたり工夫したりするでしょ?」
「そうか、それじゃ最初から聞き直そう。で、あなたが兄の家に言ったんだね。俺に内緒で」
「内緒だって、あなたのためじゃないの」
「いいよ、ためでいいよ。それから?」
「で、お兄さんに、今まで連絡しなかったことのお詫びやら何やらして、それからいろいろ事情を話したんです」
「それから?」
「するとお兄さんが、そりゃお気の毒だってすごく同情してくれて……」
「あなたに同情した。ふうん。――ちょっとあの炭取りを取って。炭がないと火が消える」
「で、そりゃ早く整理しないとダメだ。どうして今までほったらかしにしてたんだって言うんです」
「いいこと言うね」
「まだ、あなたは兄さんを疑ってるの? 罰が当たりますよ」
「それで、お金でも貸したのか?」
「ほらまた早とちりしてる」
「まあいくらあれば、これまでの借金が全部返せるのか聞いてみたんだろ。――相当言いづらかったんですけど――とうとう思い切ってね……」
「ねえ、あなた。とうとう思い切ってね――あなた。聞いてないの?」
「聞いてるよ」
「思い切って100円くらいって言ったの」
「そうか。兄は驚いたろう?」
「そうしたらね。ふうんと考えて、100円っていうお金は、なかなか簡単に用意できるものじゃない……」
「兄の言いそうなことだ」
「まあ聞いてください。まだ、続きがあります。――でも、他のこととは違うから、どうしても必要なら俺が保証人になって、人から借りてあげてもいいって言うんです」
「あやしいな」
「まあ、最後まで聞いてください。――それで、とにかく本人に会ってよく話を聞いた上でってところまで話が進んだんです」

原文 (会話文抽出)

「どこぞへ行ったのかい」
「ええ」
「そう、べんべんと真田の方を引っ張っとく訳にも行きませず、家主の方もどうかしなければならず、今月の末になると米薪の払でまた心配しなくっちゃなりませんから、算段に出掛けたんです」
「そうか、質屋へでも行ったのかい」
「質に入れるようなものは、もうありゃしませんわ」
「じゃ、どこへ行ったんだい」
「どこって、別に行く所もありませんから、御兄さんの所へ行きました」
「兄の所? 駄目だよ。兄の所なんぞへ行ったって、何になるものか」
「そう、あなたは、何でも始から、けなしておしまいなさるから、よくないんです。いくら教育が違うからって、気性が合わないからって、血を分けた兄弟じゃありませんか」
「兄弟は兄弟さ。兄弟でないとは云わん」
「だからさ、膝とも談合と云うじゃありませんか。こんな時には、ちっと相談にいらっしゃるがいいじゃありませんか」
「おれは、行かんよ」
「それが痩我慢ですよ。あなたはそれが癖なんですよ。損じゃあ、ありませんか、好んで人に嫌われて……」
「それで才覚が出来たのかい」
「あなたは何でも一足飛ね」
「なにが」
「だって、才覚が出来る前にはそれぞれ魂胆もあれば工面もあるじゃありませんか」
「そうか、それじゃ最初から聞き直そう。で、御前が兄のうちへ行ったんだね。おれに内所で」
「内所だって、あなたのためじゃありませんか」
「いいよ、ためでいいよ。それから」
「で御兄さんに、御目に懸っていろいろ今までの御無沙汰の御詫やら、何やらして、それから一部始終の御話をしたんです」
「それから」
「すると御兄さんが、そりゃ御前には大変気の毒だって大変私に同情して下さって……」
「御前に同情した。ふうん。――ちょっとその炭取を取れ。炭をつがないと火種が切れる」
「で、そりゃ早く整理しなくっちゃ駄目だ。全体なぜ今まで抛って置いたんだっておっしゃるんです」
「旨い事を云わあ」
「まだ、あなたは御兄さんを疑っていらっしゃるのね。罰があたりますよ」
「それで、金でも貸したのかい」
「ほらまた一足飛びをなさる」
「まあどのくらいあれば、これまでの穴が奇麗に埋るのかと御聞きになるから、――よっぽど言い悪かったんですけれども――とうとう思い切ってね……」
「ねえ、あなた。とうとう思い切ってね――あなた。聞いていらっしゃらないの」
「聞いてるよ」
「思い切って百円ばかりと云ったの」
「そうか。兄は驚ろいたろう」
「そうしたらね。ふうんて考えて、百円と云う金は、なかなか容易に都合がつく訳のものじゃない……」
「兄の云いそうな事だ」
「まあ聞いていらっしゃい。まだ、あとが有るんです。――しかし、ほかの事とは違うから、是非なければ困ると云うならおれが保証人になって、人から借りてやってもいいって仰しゃるんです」
「あやしいものだ」
「まあさ、しまいまで御聞きなさい。――それで、ともかくも本人に逢って篤と了簡を聞いた上にしようと云うところまでに漕ぎつけて来たのです」


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