夏目漱石 『野分』 「遺失品て、何を落したんだい」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「遺失物って、何落としたの?」
「昨日電車で草稿なくしちゃって――」
「草稿? それは大変だ。俺なんか、書いた原稿が雑誌に出るまでは心配で仕方ない。実際草稿ってのは、俺たちにとって命より大切だからさ」
「そんな大切な草稿でも書ける時間があるといいんだけど――無理か」
「で、何の草稿なの?」
「地理教授法の訳なんだ。明日の deadline されてるのに、今なくなっちゃ原稿料ももらえないし、またやり直しだし、マジ勘弁してほしい」
「それで、探しに行っても出てこないの?」
「出てこない」
「どしたんだろうね」
「たぶん車掌が家に持って帰って、はたきでも作ったんだろう」
「さすがにそれはないでしょ。でも出ないと困るよね」
「困るよなあ。自分の不注意は我慢するけど、あの遺失物係りのヤツ、ムカつくんだよ――超不親切で、事務的で――まるで決まり文句みたいにペラペラ言い並べて、それ以外は全部知りません知らないですませやがって。あいつは典型的な20世紀の日本人代表だ。あの会社の社長もきっとそんな感じなんだろうな」
「相当腹立ったんだね。でもさ、世の中みんなあの遺失物係りみたいじゃないから大丈夫だよ」
「もっと人間味のあるヤツなんているの?」
「皮肉なこと言うなよ」
「だって世の中が皮肉なんだもん。今の世の中って、冷酷で競争ばっかりじゃん」
「敷島」

原文 (会話文抽出)

「遺失品て、何を落したんだい」
「昨日電車の中で草稿を失って――」
「草稿? そりゃ大変だ。僕は書き上げた原稿が雑誌へ出るまでは心配でたまらない。実際草稿なんてものは、吾々に取って、命より大切なものだからね」
「なに、そんな大切な草稿でも書ける暇があるようだといいんだけれども――駄目だ」
「じゃ何の草稿だい」
「地理教授法の訳だ。あしたまでに届けるはずにしてあるのだから、今なくなっちゃ原稿料も貰えず、またやり直さなくっちゃならず、実に厭になっちまう」
「それで、探がしに行っても出て来ないのかい」
「来ない」
「どうしたんだろう」
「おおかた車掌が、うちへ持って行って、はたきでも拵えたんだろう」
「まさか、しかし出なくっちゃ困るね」
「困るなあ自分の不注意と我慢するが、その遺失品係りの厭な奴だ事って――実に不親切で、形式的で――まるで版行におしたような事をぺらぺらと一通り述べたが以上、何を聞いても知りません知りませんで持ち切っている。あいつは廿世紀の日本人を代表している模範的人物だ。あすこの社長もきっとあんな奴に違ない」
「ひどく癪に障ったものだね。しかし世の中はその遺失品係りのようなのばかりじゃないからいいじゃないか」
「もう少し人間らしいのがいるかい」
「皮肉な事を云う」
「なに世の中が皮肉なのさ。今の世のなかは冷酷の競進会見たようなものだ」
「敷島」


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