夏目漱石 『吾輩は猫である』 「東風君、僕はその時こう思ったね。とうてい…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「東風君、僕はその時こう思ったんだね。どう考えても夜明けまでには無理だ。真夜中に来たら金善は寝てるからそれも無理だ。学校の生徒が散歩から帰ってきて、金善がまだ寝てない時間を見計らって来なきゃ、せっかくの計画がパーになってしまう。でもその時間をうまく見計らうのが難しい」
「なるほど、それは難しいかな」
「で、僕はその時間はだいたい10時頃だろうって見込んだんだ。それで今から10時頃までどこかで時間をつぶさなきゃいけない。家に帰って出直すのは大変だ。友達の家に行って話すのはなんだか気が引けるし、つまんないから、それまで市中を散歩することにした。ところが普段なら2〜3時間はブラブラ歩いてるとあっという間に経ってしまうけど、その夜に限って、時間がたつのが遅いったらありゃしない。――『千秋の思』ってこういうことなんだろうなって、しみじみ感じました」
「昔の人を待つのは辛いってことで『置き炬燵に当たる身は辛い』って言った人もいるし、『待つ身より待たれる身が辛い』って言う人もいて、軒先に吊るされたヴァイオリンも辛かったろうけど、目的もなく探偵みたいにウロウロしてる君はもっと辛いだろう。負け犬の遠吠えみたいなもんだね。いや、家がない犬ほどかわいそうなものはないよ」
「犬はひどいですよ。犬に例えられたのは初めてです」
「僕はどうだか君の話を聞いてると、昔の芸術家の伝記を読んでるみたいで同情心でいっぱいだよ。犬に例えたのは先生の冗談だから、気にしないで話を続けて」
「それから徒町から百騎町を通って、両替町から鷹匠町に出て、県庁の前で枯れた柳の本数数えて、病院の横で窓の明かりを数えて、紺屋橋の上でタバコを2本吸って、時計を見た。……」
「10時になったのかい?」
「惜しいところまで来てないね。――紺屋橋を渡り切って川沿いを東に上って行くと、マッサージ屋が3軒あった。それで犬がしきりに吠えましたよ先生……」
「秋の夜長に川辺で犬の遠吠えを聞くのはちょっと芝居みたいだね。君は落ち武者みたいだ」
「何か悪いことでもしたんですか?」
「これからしようとしてるんだろ」
「かわいそうにヴァイオリンを買うのが罪なら、音楽学校の生徒はみんな罪人ですよ」
「世間が認めないことをすれば、どんな立派なことをしても罪人になる。だから世の中で罪人ほどあてにならないものはない。イエス・キリストもあの時代に生まれてたら罪人だよ。美青年寒月君もあそこでヴァイオリンを買えば罪人だよ」
「それじゃ負けて罪人としておきましょう。罪人はいいですけど10時にならないのは困りました」
「もう1回、町の名を数えよう。それで足りなければまた秋の日をカンカンさせるよ。それでもダメならまた甘干しの渋柿を30個も食べよう。いつまでも聞いてるから10時になるまでやってくれ」
「そんなに先回りされると降参するしかありません。それじゃカラス飛びに10時にしてしまいましょう。さて約束の10時になって金善の前へ来てみると、夜が更けてきた頃なので、さすが目抜き通りの両替町もほとんど人通りがなく、向こうから聞こえてくる下駄の音さえ寂しい気分になります。金善ではもうシャッターを下ろしちゃって、わずかに入り口だけ障子で閉めています。私は何となく犬に追いかけられてるような気分で、障子を開けて中に入るのに少し怖かったです……」
「おい、もうヴァイオリンは買ったかい?」
「これから買います」
「まだ買わないのか、本当に長いね」

原文 (会話文抽出)

「東風君、僕はその時こう思ったね。とうていこりゃ宵の口は駄目だ、と云って真夜中に来れば金善は寝てしまうからなお駄目だ。何でも学校の生徒が散歩から帰りつくして、そうして金善がまだ寝ない時を見計らって来なければ、せっかくの計画が水泡に帰する。けれどもその時間をうまく見計うのがむずかしい」
「なるほどこりゃむずかしかろう」
「で僕はその時間をまあ十時頃と見積ったね。それで今から十時頃までどこかで暮さなければならない。うちへ帰って出直すのは大変だ。友達のうちへ話しに行くのは何だか気が咎めるようで面白くなし、仕方がないから相当の時間がくるまで市中を散歩する事にした。ところが平生ならば二時間や三時間はぶらぶらあるいているうちに、いつの間にか経ってしまうのだがその夜に限って、時間のたつのが遅いの何のって、――千秋の思とはあんな事を云うのだろうと、しみじみ感じました」
「古人を待つ身につらき置炬燵と云われた事があるからね、また待たるる身より待つ身はつらいともあって軒に吊られたヴァイオリンもつらかったろうが、あてのない探偵のようにうろうろ、まごついている君はなおさらつらいだろう。累々として喪家の犬のごとし。いや宿のない犬ほど気の毒なものは実際ないよ」
「犬は残酷ですね。犬に比較された事はこれでもまだありませんよ」
「僕は何だか君の話をきくと、昔しの芸術家の伝を読むような気持がして同情の念に堪えない。犬に比較したのは先生の冗談だから気に掛けずに話を進行したまえ」
「それから徒町から百騎町を通って、両替町から鷹匠町へ出て、県庁の前で枯柳の数を勘定して病院の横で窓の灯を計算して、紺屋橋の上で巻煙草を二本ふかして、そうして時計を見た。……」
「十時になったかい」
「惜しい事にならないね。――紺屋橋を渡り切って川添に東へ上って行くと、按摩に三人あった。そうして犬がしきりに吠えましたよ先生……」
「秋の夜長に川端で犬の遠吠をきくのはちょっと芝居がかりだね。君は落人と云う格だ」
「何かわるい事でもしたんですか」
「これからしようと云うところさ」
「可哀相にヴァイオリンを買うのが悪い事じゃ、音楽学校の生徒はみんな罪人ですよ」
「人が認めない事をすれば、どんないい事をしても罪人さ、だから世の中に罪人ほどあてにならないものはない。耶蘇もあんな世に生れれば罪人さ。好男子寒月君もそんな所でヴァイオリンを買えば罪人さ」
「それじゃ負けて罪人としておきましょう。罪人はいいですが十時にならないのには弱りました」
「もう一返、町の名を勘定するさ。それで足りなければまた秋の日をかんかんさせるさ。それでもおっつかなければまた甘干しの渋柿を三ダースも食うさ。いつまでも聞くから十時になるまでやりたまえ」
「そう先を越されては降参するよりほかはありません。それじゃ一足飛びに十時にしてしまいましょう。さて御約束の十時になって金善の前へ来て見ると、夜寒の頃ですから、さすが目貫の両替町もほとんど人通りが絶えて、向からくる下駄の音さえ淋しい心持ちです。金善ではもう大戸をたてて、わずかに潜り戸だけを障子にしています。私は何となく犬に尾けられたような心持で、障子をあけて這入るのに少々薄気味がわるかったです……」
「おいもうヴァイオリンを買ったかい」
「これから買うところです」
「まだ買わないのか、実に永いな」


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