夏目漱石 『吾輩は猫である』 「さあ君の番だ」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「さあ君の番だよ」
「君っていつからヴァイオリン始めたの?僕もちょっと習おうと思ってるんだけど、すごく難しいらしいよね」
「うん、基本的なことは誰にでもできるよ」
「芸術は共通してるから、詩歌の趣味がある人は音楽も上達が早いって勝手に期待してるんだけど、どうかな」
「大丈夫だよ。君ならきっと上手くなるよ」
「君は何歳から始めたの?」
「高校生の時かな。――先生、ヴァイオリンを習い始めたきっかけをお話ししたことはありましたか?」
「ないよ」
「高校時代に先生もやったから始めたの?」
「先生ってほどじゃないよ。独学で」
「すごい才能だね」
「独学なら別に才能ってわけじゃないよ」
「まあそれはいいとして、どうやって独学したのかちょっと教えて。参考にしたいから」
「いいよ。先生、お話しましょうか」
「ああ、話してよ」
「今は若い人がヴァイオリンのケースを持って道を歩いているけど、あの頃は高校で西洋音楽をやる人なんてほとんどいなかったんだ。特に私がいた学校は田舎の田舎で麻裏草履さえ珍しいくらい質素なところだったから、学校の生徒でヴァイオリンを弾くやつはいなかったよ……」
「なんだかわくわくする話が向こうで始まったみたいだよ。独仙君、いい加減に切り上げようよ」
「まだ終わってないところがいくつかある」
「あってもいいよ。大体なら、君に譲るよ」
「そう言っても、もらうわけにもいかないよ」
「禅学者らしくない几帳面なやつだな。それじゃ一気にやっちまおう。――寒月君、何やらすごく楽しそうだね。――あの高校は、生徒が裸足で通学するって……」
「そんなことはありません」
「みんなはだしで兵式体操をして、右向け右をやるから足の裏がすごく厚くなってるって話だよ」
「まさか。誰がそんなこと言ったの?」
「誰でもいいよ。それから弁当はでっかい握り飯を1個、夏みかんみたいに腰に下げてきて、それを食べるんだって言うじゃないか。食べるってよりむさぼりつくらしいよ。すると中から梅干しが出てくるんだって。この梅干しが出るのを楽しみに、塩気のない外側を一心不乱に食い散らして突進するんだとさ。なるほど元気旺盛だね。独仙君、君の好きな話じゃないか」
「質朴剛健で立派な気風だ」
「他にもすごい話があるよ。あそこには灰吹きがないらしいんだ。僕の友人があそこに勤めていた頃、吐月峰って印のある灰吹きを買いに出たけど、吐月峰どころか、灰吹きってものが1個もなかったんだ。不思議に思って聞いてみたら、灰吹きなんか裏の山に行って切ってくれば誰でもできるから、売る必要はないって涼しい顔で答えたそうだ。これも質朴剛健の気風を示す美談だよ、ねえ独仙君」
「うん、それはいいけど、ここで1つ駄目出しを入れなくちゃいけない」

原文 (会話文抽出)

「さあ君の番だ」
「君はヴァイオリンをいつ頃から始めたのかい。僕も少し習おうと思うのだが、よっぽどむずかしいものだそうだね」
「うむ、一と通りなら誰にでも出来るさ」
「同じ芸術だから詩歌の趣味のあるものはやはり音楽の方でも上達が早いだろうと、ひそかに恃むところがあるんだが、どうだろう」
「いいだろう。君ならきっと上手になるよ」
「君はいつ頃から始めたのかね」
「高等学校時代さ。――先生私しのヴァイオリンを習い出した顛末をお話しした事がありましたかね」
「いいえ、まだ聞かない」
「高等学校時代に先生でもあってやり出したのかい」
「なあに先生も何もありゃしない。独習さ」
「全く天才だね」
「独習なら天才と限った事もなかろう」
「そりゃ、どうでもいいが、どう云う風に独習したのかちょっと聞かしたまえ。参考にしたいから」
「話してもいい。先生話しましょうかね」
「ああ話したまえ」
「今では若い人がヴァイオリンの箱をさげて、よく往来などをあるいておりますが、その時分は高等学校生で西洋の音楽などをやったものはほとんどなかったのです。ことに私のおった学校は田舎の田舎で麻裏草履さえないと云うくらいな質朴な所でしたから、学校の生徒でヴァイオリンなどを弾くものはもちろん一人もありません。……」
「何だか面白い話が向うで始まったようだ。独仙君いい加減に切り上げようじゃないか」
「まだ片づかない所が二三箇所ある」
「あってもいい。大概な所なら、君に進上する」
「そう云ったって、貰う訳にも行かない」
「禅学者にも似合わん几帳面な男だ。それじゃ一気呵成にやっちまおう。――寒月君何だかよっぽど面白そうだね。――あの高等学校だろう、生徒が裸足で登校するのは……」
「そんな事はありません」
「でも、皆なはだしで兵式体操をして、廻れ右をやるんで足の皮が大変厚くなってると云う話だぜ」
「まさか。だれがそんな事を云いました」
「だれでもいいよ。そうして弁当には偉大なる握り飯を一個、夏蜜柑のように腰へぶら下げて来て、それを食うんだって云うじゃないか。食うと云うよりむしろ食いつくんだね。すると中心から梅干が一個出て来るそうだ。この梅干が出るのを楽しみに塩気のない周囲を一心不乱に食い欠いて突進するんだと云うが、なるほど元気旺盛なものだね。独仙君、君の気に入りそうな話だぜ」
「質朴剛健でたのもしい気風だ」
「まだたのもしい事がある。あすこには灰吹きがないそうだ。僕の友人があすこへ奉職をしている頃吐月峰の印のある灰吹きを買いに出たところが、吐月峰どころか、灰吹と名づくべきものが一個もない。不思議に思って、聞いて見たら、灰吹きなどは裏の藪へ行って切って来れば誰にでも出来るから、売る必要はないと澄まして答えたそうだ。これも質朴剛健の気風をあらわす美譚だろう、ねえ独仙君」
「うむ、そりゃそれでいいが、ここへ駄目を一つ入れなくちゃいけない」


青空文庫現代語化 Home リスト