GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』
現代語化
「おや、君も首を吊りたくなったのかい?」
「いえ、私のは首じゃないんです。これもちょうど明ければ去年の暮れのことで、しかも先生と同日同刻くらいに起こった出来事なので、なおさら不思議に思うんです」
「これは面白いね」
「その日は向島の知人の家で忘年会と合奏会をやっていて、私もバイオリンを持って行きました。15、6人の令嬢や令夫人が集まってすごく盛り上がっていて、近頃では最高に楽しいって思うくらいに何もかもがうまくいってたんです。晩ごはんも食べて、合奏も終わって、そろそろ帰ろうかと思ってたところに、ある博士の奥さんが私のところに来て、『あなたは○○子さんの病気をご存知ですか』って小声で聞くんです。実はその2、3日前に会ったときは普段通りでどこも悪そうには見えなかったので、私もびっくりしてよく話を聞いてみると、私と会ったその晩から急に熱が出て、いろいろわけのわからないことをずっとしゃべってるそうで、それだけならいいんですが、そのわけのわからないことを言ってる中に私の名前がよく出てくるって言うんです」
「それは大変だね」
「医者を呼んでもらったけど、何の病気かよくわからないみたいで、とにかく熱がすごく高いから脳に影響してきてるから、もし睡眠薬が効かなければ危ないって診断だったそうで、私はそれを聞くとなんだか嫌な感じがしたんです。ちょうど夢でうなされてる時みたいな重苦しい感じで、周りの空気が急に固まって四方から私を押しつぶしてるように思えました。帰り道もそのことばかりが頭の中にあって、苦しくてしょうがない。あのきれいで、あの元気で、あの健康だった○○子さんが……」
「ちょっと失礼だけど、待って。さっきから聞いていると○○子って名前が2回出てるけど、もし差し支えなければ教えてよ」
「うーん」
「いや、それは本人に迷惑がかかるかもしれないからやめとこう」
「全部曖昧にしてごまかそうってことかい?」
「からかわないでください、真面目な話なんですから……とにかくあの奥さんが急にそんな病気になったことを考えると、本当に人生ってはかないものだなって胸が一杯になって、体の力が一気に抜けたように元気がなくなっちゃって、ただよろよろとして日本橋にたどり着きました。欄干に寄りかかって下を見ると、満潮か干潮かわからないけど、黒い水が固まってただ動いているように見えます。花川戸の方から人力車が1台走ってきて橋の上を通りました。その提灯の明かりを見送っていると、だんだん小さくなって札幌ビールのところで消えました。私はまた水を見ます。すると遠くの川の上流の方から私の名前を呼ぶ声が聞こえるんです。はてな、こんな時間に呼ばれるわけがないけど、誰だろうと思って水面を凝視しましたが、暗くて何も見えません。気のせいだろうと思ってすぐに帰ろうと思って一足二足歩くと、またかすかな声で遠くから私の名前を呼ぶんです。私はまた立ち止まって耳を澄ませて聞きました。3回目に呼ばれたときは欄干につかまってましたが、膝ががくがく震え出しました。その声は遠くの方からなのか、川の底から出てるのかわかりませんが、間違いなく○○子の声なんです。思わず『はーい』」
原文 (会話文抽出)
「なるほど伺って見ると不思議な事でちょっと有りそうにも思われませんが、私などは自分でやはり似たような経験をつい近頃したものですから、少しも疑がう気になりません」
「おや君も首を縊りたくなったのかい」
「いえ私のは首じゃないんで。これもちょうど明ければ昨年の暮の事でしかも先生と同日同刻くらいに起った出来事ですからなおさら不思議に思われます」
「こりゃ面白い」
「その日は向島の知人の家で忘年会兼合奏会がありまして、私もそれへヴァイオリンを携えて行きました。十五六人令嬢やら令夫人が集ってなかなか盛会で、近来の快事と思うくらいに万事が整っていました。晩餐もすみ合奏もすんで四方の話しが出て時刻も大分遅くなったから、もう暇乞いをして帰ろうかと思っていますと、某博士の夫人が私のそばへ来てあなたは○○子さんの御病気を御承知ですかと小声で聞きますので、実はその両三日前に逢った時は平常の通りどこも悪いようには見受けませんでしたから、私も驚ろいて精しく様子を聞いて見ますと、私しの逢ったその晩から急に発熱して、いろいろな譫語を絶間なく口走るそうで、それだけなら宜いですがその譫語のうちに私の名が時々出て来るというのです」
「御安くないね」
「医者を呼んで見てもらうと、何だか病名はわからんが、何しろ熱が劇しいので脳を犯しているから、もし睡眠剤が思うように功を奏しないと危険であると云う診断だそうで私はそれを聞くや否や一種いやな感じが起ったのです。ちょうど夢でうなされる時のような重くるしい感じで周囲の空気が急に固形体になって四方から吾が身をしめつけるごとく思われました。帰り道にもその事ばかりが頭の中にあって苦しくてたまらない。あの奇麗な、あの快活なあの健康な○○子さんが……」
「ちょっと失敬だが待ってくれ給え。さっきから伺っていると○○子さんと云うのが二返ばかり聞えるようだが、もし差支えがなければ承わりたいね、君」
「うむ」
「いやそれだけは当人の迷惑になるかも知れませんから廃しましょう」
「すべて曖々然として昧々然たるかたで行くつもりかね」
「冷笑なさってはいけません、極真面目な話しなんですから……とにかくあの婦人が急にそんな病気になった事を考えると、実に飛花落葉の感慨で胸が一杯になって、総身の活気が一度にストライキを起したように元気がにわかに滅入ってしまいまして、ただ蹌々として踉々という形ちで吾妻橋へきかかったのです。欄干に倚って下を見ると満潮か干潮か分りませんが、黒い水がかたまってただ動いているように見えます。花川戸の方から人力車が一台馳けて来て橋の上を通りました。その提灯の火を見送っていると、だんだん小くなって札幌ビールの処で消えました。私はまた水を見る。すると遥かの川上の方で私の名を呼ぶ声が聞えるのです。はてな今時分人に呼ばれる訳はないが誰だろうと水の面をすかして見ましたが暗くて何にも分りません。気のせいに違いない早々帰ろうと思って一足二足あるき出すと、また微かな声で遠くから私の名を呼ぶのです。私はまた立ち留って耳を立てて聞きました。三度目に呼ばれた時には欄干に捕まっていながら膝頭ががくがく悸え出したのです。その声は遠くの方か、川の底から出るようですが紛れもない○○子の声なんでしょう。私は覚えず「はーい」