夏目漱石 『明暗』 「サンクス。僕は借りる気だが、君はくれるつ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「サンキュ。俺は借りる気だけど、お前はくれるつもりだろうな。だって、俺に返す手段がないこと、返す気がないことを、お前は最初からバカにしといて認めてんだから」
「もちろんだ。でももらったら、どんなお前でも自分の矛盾に気づかずにいられないだろう」
「いや全然気づかない。矛盾って何だ。お前からもらうのが矛盾なのか」
「そうでもないけどな」
「まあ考えてみろよ。その金はさっきまで俺の財布の中にあったんだぜ。そしたら一瞬で、お前のズボンの裏ポケットに移動しちゃったんだぜ。そんな小説みたいな言葉を使うの嫌なら、もっとはっきり言おうか。その金の持ち主を急に俺からお前に変えた奴は誰だ。答えてみろ」
「お前だよ。お前が俺にくれたんだから」
「いや俺じゃないよ」
「何を言ってるんだ禅坊主の寝言みたいだな。じゃ誰だよ」
「誰でもない、余裕だ。お前がさっきから攻撃してる余裕がくれたんだ。だから黙って受け取ったお前は、口ではめちゃくちゃに余裕をけなしてるけど、実際にはもう余裕に頭下げてるんだ。矛盾じゃないか」
「なるほどな、そう言えばそんなもんなのか知ら。でもなんだか変だよ。実際俺はちっともその余裕って奴に、頭下げてる気がしないもんな」
「じゃ返せよ」
「いや返さない。余裕は俺に返せって言ってないんだ」
「それみろ」
「何がそれみろだ。余裕は俺に返せって言ってないって意味がお前にわからねえみたいだな。気の毒な坊ちゃんよ」
「もう来そうなもんだな」
「誰が来るんだ」
「誰でもない、俺よりももっと余裕のない奴が来るんだ」

原文 (会話文抽出)

「サンクス。僕は借りる気だが、君はくれるつもりだろうね。いかんとなれば、僕に返す手段のない事を、また返す意志のない事を、君は最初から軽蔑の眼をもって、認めているんだから」
「無論やったんだ。しかし貰ってみたら、いかな君でも自分の矛盾に気がつかずにはいられまい」
「いやいっこう気がつかない。矛盾とはいったい何だ。君から金を貰うのが矛盾なのか」
「そうでもないがね」
「まあ考えて見たまえ。その金はつい今まで僕の紙入の中にあったんだぜ。そうして転瞬の間に君の隠袋の裏に移転してしまったんだぜ。そんな小説的の言葉を使うのが厭なら、もっと判然云おうか。その金の所有権を急に僕から君に移したものは誰だ。答えて見ろ」
「君さ。君が僕にくれたのさ」
「いや僕じゃないよ」
「何を云うんだな禅坊主の寝言見たいな事を。じゃ誰だい」
「誰でもない、余裕さ。君の先刻から攻撃している余裕がくれたんだ。だから黙ってそれを受け取った君は、口でむちゃくちゃに余裕をぶちのめしながら、その実余裕の前にもう頭を下げているんだ。矛盾じゃないか」
「なるほどな、そう云えばそんなものか知ら。しかし何だかおかしいよ。実際僕はちっともその余裕なるものの前に、頭を下げてる気がしないんだもの」
「じゃ返してくれ」
「いや返さない。余裕は僕に返せと云わないんだ」
「それみろ」
「何がそれみろだ。余裕は僕に返せと云わないという意味が君にはよく解らないと見えるね。気の毒なる貴公子よだ」
「もう来そうなものだな」
「誰が来るんだ」
「誰でもない、僕よりもまだ余裕の乏しい人が来るんだ」


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