夏目漱石 『明暗』 「いったいあの顛末はどうしたのかね。僕は詳…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「そもそもあの顛末はどうなったんだっけ? 俺詳しいことは聞いてないし、お前も話してくれなかった、のじゃねぇ、俺が忘れちまったのか。どうでもいいが、向こうが逃げたのか、お前が逃げたのか」
「それこそどうでもいいじゃねぇか」
「うん俺としてはどうでもいいのが当然だ。実際どうでも思ってない。でも、お前としてはそうはいくめぇだろう。お前は大騒ぎだろう」
「それは当たり前だろ」
「だからさっきから俺が言ってるんだ。お前は余裕がありすぎる。その余裕がお前をあまりにも贅沢にしすぎる。その結果はどうかというと、好きなものを手に入れるとすぐに、次のものが欲しくなる。好きなものに逃げられたときは、悔しがって暴れまわる」
「いつそんなふうにしたよ」
「したさ。そして今もしてるさ。それがお前の余裕のせいで起こってるんだ。俺が最も痛快に思うところだ。貧乏が金持ちに復讐してる、因果応報ってやつだ」
「そんなに自分の作った型にはめて、他人を評価するつもりならそれまでだ。俺には弁解する必要がないだけだから」
「ちっとも自分で型なんか作っちゃいないよ俺。実際のお前を指摘してるつもりなんだ。わからねぇなら、事実で教えてやろうか」
「お前はお前の好みで延をもらっただろう。でも今のお前は延に満足してないんじゃねぇか」
「だって世の中に完璧なものなんてないんだから、それもしょうがないじゃねぇか」
「って理由をつけて、もっと上等なのを探し回ってる気だろう」
「悪い噂を立てるなよ、失礼な。お前は本当に自分が言う通りのどうしようもない奴だな。物の見方が下卑て皮肉なところからも、言葉遣いが無遠慮で、野蛮なところからも」
「それがお前の軽蔑に値する理由なんだ」
「当たり前だろ」
「そらね。そう来るから結局口先じゃダメなんだ。やっぱり実戦でなきゃお前は理解できないよ。俺が予言するから見てろ。今に戦争が始まるから。その時ようやく俺の敵じゃないって意味がわかるから」
「構わないよ、どうしようもない奴に負けるのは俺の名誉なんだから」
「強情だな。俺と戦うんじゃねぇぜ」
「じゃ誰と戦うんだ」
「お前は今すでに腹の中で戦ってるんだ。それがもう少しすると実際の行動になって外に出るだけなんだ。余裕がお前をそそのかして無意味な負け戦をさせるんだ」
「今受け取っといてくれ。お前と話してると、だんだんこの約束を履行するのが嫌になるだけだから」
「三枚あるな」

原文 (会話文抽出)

「いったいあの顛末はどうしたのかね。僕は詳しい事を聴かなかったし、君も話さなかった、のじゃない、僕が忘れちまったのか。そりゃどうでも構わないが、ありゃ向うで逃げたのかね、あるいは君の方で逃げたのかね」
「それこそどうでも構わないじゃないか」
「うん僕としては構わないのが当然だ。また実際構っちゃいない。が、君としてはそうは行くまい。君は大構いだろう」
「そりゃ当り前さ」
「だから先刻から僕が云うんだ。君には余裕があり過ぎる。その余裕が君をしてあまりに贅沢ならしめ過ぎる。その結果はどうかというと、好きなものを手に入れるや否や、すぐその次のものが欲しくなる。好きなものに逃げられた時は、地団太を踏んで口惜しがる」
「いつそんな様を僕がした」
「したともさ。それから現にしつつあるともさ。それが君の余裕に祟られている所以だね。僕の最も痛快に感ずるところだね。貧賤が富貴に向って復讐をやってる因果応報の理だね」
「そう頭から自分の拵えた型で、他を評価する気ならそれまでだ。僕には弁解の必要がないだけだから」
「ちっとも自分で型なんか拵えていやしないよ僕は。これでも実際の君を指摘しているつもりなんだから。分らなけりゃ、事実で教えてやろうか」
「君は自分の好みでお延さんを貰ったろう。だけれども今の君はけっしてお延さんに満足しているんじゃなかろう」
「だって世の中に完全なもののない以上、それもやむをえないじゃないか」
「という理由をつけて、もっと上等なのを探し廻る気だろう」
「人聞の悪い事を云うな、失敬な。君は実際自分でいう通りの無頼漢だね。観察の下卑て皮肉なところから云っても、言動の無遠慮で、粗野なところから云っても」
「そうしてそれが君の軽蔑に値する所以なんだ」
「もちろんさ」
「そらね。そう来るから畢竟口先じゃ駄目なんだ。やッぱり実戦でなくっちゃ君は悟れないよ。僕が予言するから見ていろ。今に戦いが始まるから。その時ようやく僕の敵でないという意味が分るから」
「構わない、擦れっ枯らしに負けるのは僕の名誉だから」
「強情だな。僕と戦うんじゃないぜ」
「じゃ誰と戦うんだ」
「君は今すでに腹の中で戦いつつあるんだ。それがもう少しすると実際の行為になって外へ出るだけなんだ。余裕が君を煽動して無役の負戦をさせるんだ」
「今渡しておくから受取っておけ。君と話していると、だんだんこの約束を履行するのが厭になるだけだから」
「三枚あるね」


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