GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』
現代語化
「いや俺のことだから、行ってみたら朝鮮も案外で、嫌になってまたすぐ帰ってくるってこともないとは限らねぇが」
「まあ未来の生活上、お前には参考にならねぇこともねぇかもしれねぇから聞いてみな。実はな、お前が俺をバカにするのと一緒で、俺もお前をバカにしてるんだ」
「それはわかってるよ」
「いやわかってねぇ。バカにする結果はあるいはわかってるかもしれねぇが、バカにする意味がお前にもお前の奥さんにもまだ伝わってねぇよ。だからお前が今晩気を使ってくれたことに対して、俺も餞別代わりにそれを説明してやろうってわけだ。どうだ」
「いいだろう」
「いやだとか言っても、俺みたいな金なしじゃ他に置いていくものなんてねぇんだから仕方ないだろう」
「だからいいよ」
「黙って聞くのか。聞くなら言うがな。俺が今お前のごちそうになって、こうしてパクパク食ってるフレンチ料理も、この間のお前を連れてったあの汚い居酒屋の酒も、どっちも変わらないくらい美味しさの区別がつかない奴なんだ。そこはお前がバカにするんだろう。でも俺は逆にそれを自慢にして、バカにしてるお前を逆にバカにしてるんだ。わかるか、その意味が。考えてみろよ、お前と俺とどっちがこの点において窮屈で、どっちが自由か。どっちが幸せで、どっちが束縛を余計感じてるか。どっちが落ち着いててどっちが不安定か。俺から見ると、お前の腰はいつもぶらぶらしてるよ。どっしり構えてねぇよ。嫌なものはどこまでも避けようとして、好きなものはむやみに追い求めてるよ。それはなぜだ。理由なんてねぇよ、単に自由にできるからさ。贅沢を言う余裕があるからさ。俺みたいに窮地に追い込まれて、どうでもなれって気になれねぇからさ」
原文 (会話文抽出)
「それでどうだ。僕は始終君に軽蔑される、君ばかりじゃない、君の細君からも、誰からも軽蔑される。――いや待ちたまえまだいう事があるんだ。――それは事実さ、君も承知、僕も承知の事実さ。すべて先刻云った通りさ。だが君にも君の細君にもまだ解らない事がここに一つあるんだ。もちろん今さらそれを君に話したってお互いの位地が変る訳でもないんだから仕方がないようなものの、これから朝鮮へ行けば、僕はもう生きて再び君に会う折がないかも知れないから……」
「いや僕の事だから、行って見ると朝鮮も案外なので、厭になってまたすぐ帰って来ないとも限らないが」
「まあ未来の生活上君の参考にならないとも限らないから聴きたまえ。実を云うと、君が僕を軽蔑している通りに、僕も君を軽蔑しているんだ」
「そりゃ解ってるよ」
「いや解らない。軽蔑の結果はあるいは解ってるかも知れないが、軽蔑の意味は君にも君の細君にもまだ通じていないよ。だから君の今夕の好意に対して、僕はまた留別のために、それを説明して行こうてんだ。どうだい」
「よかろう」
「よくないたって、僕のような一文なしじゃほかに何も置いて行くものがないんだから仕方がなかろう」
「だからいいよ」
「黙って聴くかい。聴くなら云うがね。僕は今君の御馳走になって、こうしてぱくぱく食ってる仏蘭西料理も、この間の晩君を御招待申して叱られたあの汚ならしい酒場の酒も、どっちも無差別に旨いくらい味覚の発達しない男なんだ。そこを君は軽蔑するだろう。しかるに僕はかえってそこを自慢にして、軽蔑する君を逆に軽蔑しているんだ。いいかね、その意味が君に解ったかね。考えて見たまえ、君と僕がこの点においてどっちが窮屈で、どっちが自由だか。どっちが幸福で、どっちが束縛を余計感じているか。どっちが太平でどっちが動揺しているか。僕から見ると、君の腰は始終ぐらついてるよ。度胸が坐ってないよ。厭なものをどこまでも避けたがって、自分の好きなものをむやみに追かけたがってるよ。そりゃなぜだ。なぜでもない、なまじいに自由が利くためさ。贅沢をいう余地があるからさ。僕のように窮地に突き落されて、どうでも勝手にしやがれという気分になれないからさ」