夏目漱石 『明暗』 「おおかためちゃくちゃに僕の悪口でも云った…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「きっとめちゃくちゃに僕の悪口言ったろ」
「でもお前には似合わないよ、お秀さんと喧嘩なんて」
「俺が相手だから喧嘩したんだよ。あいつだって兄貴の前なら、もっと遠慮するよ」
「なるほどそうか。世間じゃよく夫婦喧嘩って言うけど、夫婦喧嘩より兄妹喧嘩の方が普通なのかもな。俺はまだ女房を持ったことがないから、そっちのことは全然分かんないけど、妹はいるから兄妹のことはよく分かってるつもりだ。お前なんて俺みたいな兄貴でも、妹と喧嘩した覚えはまだないぜ」
「それは妹次第だ」
「でもそこはもう兄貴次第だろ」
「いくら兄貴でも、腹が立つ時もある」
「でもいくらお前だって、今お秀さんを怒らせるのは得策じゃないだろ」
「当たり前だよ。誰も喧嘩したいなんて思わねぇよ、あいつみたいな奴と」
「まあ仕方がなかったんだろう。でもそれは俺の言うことだ。俺は誰と喧嘩してもいい男だ。誰と喧嘩しても損しない状況にいるんだ。喧嘩の結果がもしどこかにあるとすれば、それは俺の損にはならねぇ。何しろ俺はいまだかつて損になるべきものを最初から持ってないんだから。つまり喧嘩から起こり得る全ての変化は、全部俺の得になるだけだから、俺ならむしろ喧嘩を望んでもいいくらいなんだ。でもお前は違う。お前の喧嘩は絶対に得にならない。しかもお前ほど損得利害を考えてる奴は世の中にいっぱいいる。考えてるだけじゃねぇ、お前はその考えに従って、朝から晩まで寝たり起きたりしてる男なんだ。少なくともそうしなきゃならないと思ってる男なんだ。分かってるよな。そんなお前に――」
「わかったよ、わかったよ。つまり他の人と衝突するなって忠告してくれてるんだろう。特に俺と衝突すると俺の損になるだけだから、なるべく穏便にしろってことだろ、お前の言いたいことは」
「何、俺と?俺は全然お前に喧嘩をする気はないよ」
「もう分かったってば」
「分かったんならそれでいいが、誤解のないように言っておくけど、俺はさっきからお秀さんのことを話してるんだぜ、お前」
「それも分ってるよ」
「分ってるって、それは京都のことだろ。そっちが失敗するってことだろ」
「そうさ」
「でもお前、それだけではねぇんだ。他にも影響があるんだぜ、気をつけないと」

原文 (会話文抽出)

「おおかためちゃくちゃに僕の悪口でも云ったんだろう」
「だが君にも似合わないね、お秀さんと喧嘩をするなんて」
「僕だからしたのさ。彼奴だって堀の前なら、もっと遠慮すらあね」
「なるほどそうかな。世間じゃよく夫婦喧嘩っていうが、夫婦喧嘩より兄妹喧嘩の方が普通なものかな。僕はまだ女房を持った経験がないから、そっちのほうの消息はまるで解らないが、これでも妹はあるから兄妹の味ならよく心得ているつもりだ。君何だぜ。僕のような兄でも、妹と喧嘩なんかした覚はまだないぜ」
「そりゃ妹次第さ」
「けれどもそこはまた兄次第だろう」
「いくら兄だって、少しは腹の立つ場合もあるよ」
「だが、いくら君だって、今お秀さんを怒らせるのが得策だとは思ってやしまい」
「そりゃ当り前だよ。好んで誰が喧嘩なんかするもんか。あんな奴と」
「蓋しやむをえなかった訳だろう。しかしそれは僕の云う事だ。僕は誰と喧嘩したって構わない男だ。誰と喧嘩したって損をしっこない境遇に沈淪している人間だ。喧嘩の結果がもしどこかにあるとすれば、それは僕の損にゃならない。何となれば、僕はいまだかつて損になるべき何物をも最初からもっていないんだからね。要するに喧嘩から起り得るすべての変化は、みんな僕の得になるだけなんだから、僕はむしろ喧嘩を希望してもいいくらいなものだ。けれども君は違うよ。君の喧嘩はけっして得にゃならない。そうして君ほどまた損得利害をよく心得ている男は世間にたんとないんだ。ただ心得てるばかりじゃない、君はそうした心得の下に、朝から晩まで寝たり起きたりしていられる男なんだ。少くともそうしなければならないと始終考えている男なんだ。好いかね。その君にして――」
「よし解った。解ったよ。つまり他と衝突するなと注意してくれるんだろう。ことに君と衝突しちゃ僕の損になるだけだから、なるべく事を穏便にしろという忠告なんだろう、君の主意は」
「何僕と? 僕はちっとも君と喧嘩をする気はないよ」
「もう解ったというのに」
「解ったらそれでいいがね。誤解のないように注意しておくが、僕は先刻からお秀さんの事を問題にしているんだぜ、君」
「それも解ってるよ」
「解ってるって、そりゃ京都の事だろう。あっちが不首尾になるという意味だろう」
「もちろんさ」
「ところが君それだけじゃないぜ。まだほかにも響いて来るんだぜ、気をつけないと」


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